the night _ 2


こみ上げた吐き気を、グッと堪えて。
視線を足元へ落したところで、ペリーコのパンプスにゆっくりと細い光の線が入り始めた。
いつもよりずっと長く感じた待ち時間から逃げるように、開いた扉を足早に潜ってエレベーターに乗り込む。

一瞬、視界に入った男物の革靴。居合わせたのは、間の悪い他人。
だけどもう、そんなことはどうだってよくて。
目も合わせないまま会釈だけ落とし、閉まりかける扉に向き直った。

B2階のボタンを押そうと指先を伸ばして、既にオレンジ色に光るランプに気づく。
今度はその指先を引こうとして。左右に細かくブレて見える桜色のネイルに気づいた。


私、震えてる_________________


震える左手で、震える右手を握りしめる。
唇へ引き寄せれば。
指先は、驚くほど冷たかった。




 



 


「見たの?」






 



瞬間、響いた静かな声に。

柊介の、甘い眼差しと。我が物顔で近づく、細い背中が甦った。


見た、私。
愛する男が別の女に手を伸ばす、その瞬間を。

あの甘い瞳に、別の女を。
ただ一人だけ閉じ込めた、その瞬間を。

追い出されたんだ、私は。
あの瞬間、きっと私は柊介の身体から追い出されたんだ_________






『・・・っ』


膝から折れて、崩れ落ちる。気が付けば身体は全体で震えていて。

肩を滑り落ちた、ホワイトのゴヤールは床に叩き付けられて。
視界の隅で、携帯と化粧ポーチが散らばった。




やっと、頬が冷たく濡れた。

何やってるんだろう、私。
誕生日に彼氏の浮気現場を目撃して、声をあげることもできずにただ逃げ出した。

だけど、こんなのって_____________







「・・・やろうか?」



ゆらりと、後ろから近づく黒い影と、一歩近くなった声。
凍り付いた思考を、必死で叩き起こして。他人の気配に、ボロボロの気を張り詰める。


『・・・大丈夫です。』


自分でも何が大丈夫なんだろう、と思いながらも。
微かに聞こえた、何かの申し出を断った。

次々と頬を伝う水分に、不快感がつのる。


『・・・いいですってば。』


断りも、お構いなしに。
右肩越しに、大きな手が差し出されてきたのが見えて。

振り払うように右手を挙げたところで。



『・・・・・!』