その狼狽を見て、正解を見失う。



「藤澤さん?本当に来るの?」

『はい、伺います。幸い、今週末は空いておりますので。』



サッカー大会の公式練習試合があることは、廣井さんから聞いていたし。
どうせこんな風に土壇場で誘われるんじゃないかと、心算もしていた。

なの、に。





「本当に?せっかくの休日じゃない。無理しなくてもいいんだよ?」


誘っておきながら、まるで“来るな”とでも言うかのように。
小堺課長は、しつこく意向確認を繰り返す。


『大丈夫で、』

「清宮とデートでもしないのか。」


サラリ、と。
だけどやけにゆっくりと“清宮”と発音しながら、牧役員が現れる。



・・・やな感じ。“清宮”のワードは、フロア中の女子たちの聞き耳を集めるには十分で。

背中で色めき立つ女子たちの中で。
私は一人、反比例して殺気立つ。





『デート、いたしません。』

「そう。ならおいで?」



いたしません、に力強く思いを込めたのに。仕事でもスマートさで右に出る者を許さない牧さんは、ふわりと躱してデスク上に腰を下ろした。


揶揄うような色を浮かべた瞳で。低い目線から私を見上げる。




「そうだな。せっかく来てくれるなら、蜂蜜檸檬でも作って来てもらおうか。部活っぽいじゃない。」

『いたしません。私、マネージャーじゃなくて総監督ですから。』




もう一度、“いたしません”に力を込めたのに。牧さんの吹き出した笑い声に、またしても想いは掻き消された。




「なるほど、そうだったね。じゃあ当日は総監督邸に迎えを寄越そうか。江里にでも行かせる?」


“江里”の単語に、フロアの体温はまた5℃上昇。

牧さん、わざとやってる。

このサッカー大会が、如何に魅力的で素晴らしいものなのかを。
柊介(彼は出ないけれど)やエリーの名前をチラつかせて、女子の注目を煽って。
社内での期待を少しでも積み上げたい目論見で。


このまま、だと。
彼のいいように、当て付けに使われるだけだ。







『自分で伺えますから結構ですっ!』



暖かくしておいで、と。
暢気に続く彼の返答を待たずに、勇み足でデスクに戻った。





待ってましたとばかりに、デスク周りから肩を叩かれる。



「ちょっとっ!海営メンバー+江里くんなんてスター軍団よ?!
蜂蜜檸檬くらい、作ってあげれば?」

「なんなら私作りますよ?!名前出してくれるならですけど!」



牧さんの思惑どおり、ものの五分で。
少なくとも秘書課の女子たちには、このサッカー大会が輝かしい一大行事だと植え付けられた。



「ねぇ、藤澤さんと江里くんって元々仲良かったよね?当日応援に行くからさ。紹介してもらえたりしない
?」

「あっ、私も私も!」