初めてのキスをした時の、あの衝撃。
人の唇って、こんなに柔らかいんだっていう。
あの時と同じような
「藤澤さん?聞いてる?」
『あ、はい、すみませんっ・・・。汗』
取り憑かれ方をしてる、午後。
先輩に怪訝な声で名指しされて、慌てて会議資料に目を戻す。
きっとうっかり、薔薇色の頬で窓の外を見てしまっていた。
どうかしてる。眞子の言葉を借りるなら、今までのどの“ベロチュー”よりも。
あんな軽い一回が、響いてるなんて。
寝込みに唇を奪われた。
それは相手が無意識な分、自分の欲求だけを満たす為のもの。
そのシチュエーションが、響いてるだけだ。
深読みしない、なんて神に誓ったものの。
物の見事に、深読みに夢中。
またうっかり、会議終了の挨拶に気付かず。
先輩方に一拍遅れて、ガタガタと音を立てるパイプ椅子に慌てて席を立った。
溢れそうになる資料を抱えて会議室を出ると、先を歩いていた先輩が笑顔で振り返る。
「今月の社内広報、見た?」
『いえ・・・まだ、ですけど。』
「え〜、早く見てぇ。イケ男特集、今年も清宮さん載ってたわよ♡」
“イケ男特集”。もう、今年もそんな時期か。
「今年は何位になるだろうね?」
イケ男特集なる、浮ついたこの企画は。
日帝商事株式会社の社内広報、“SUN!”での一大人気企画。
表向きは「新入社員向けに、社内の素敵な先輩を紹介する」と謳っているけれど、“イケ女特集”が早々と立ち消えになったことから真の用途は一目瞭然。
社内の全女子の、全女子による、全女子のための男性総選挙。
この、春の号で今年の銘柄をチェックし。秋の号で“頼れる先輩ランキング”と名実をカモフラージュし、人気投票を執り行い。
年末の号で結果を確認する。
それはまさに、某アイドルグループのお祭り行事さながらの盛り上がりようで。
推しメン、の勝敗に一喜一憂するのだ。本人の意向は、そっちのけに。
これまでは彼氏持ちである立場上、そこまで内容を気にしたことはなかったけれど。
お恥ずかしながら、我が彼氏(だった)清宮柊介が毎度トップ10にランクインしているのは知っていて。
『し、・・・清宮さんは、圏外じゃないですか?公開恋愛なんてしようとしたから。』
しようと、した。
ある程度の皮肉を込める。
「まぁねぇ・・・順位は、落ちるかもしれないね。このランキングには、女子の夢と妄想が詰まってるから。」
「そうそう!私、江里くんと清宮さんの下剋上があるんじゃないかと思ってる!」
別の先輩が、声高らかに割り込んでくる。
下剋上。柊介の順位を、後輩であるエリーが奪うという事。
エリーも、勿論このランキングのスタメン。
入社以来、選抜に漏れた年はないと眞子が言ってた。
「あっ、それあり得る!去年、江里くん社長賞取ってるしね。」
社長賞を取ったり、社内表彰をされたり。
そういう出世コースへの予感も投票材料になるのだから。
この企画には、本当に女子の夢と妄想が詰まっている。