微動だにせず、さっきと同じ体勢をとって。
同じように、柔らかく目を瞑っているように見えるだろうけれど。
頭の中はエンジン全開!!!!!汗
閉じた瞼の裏では、血眼の瞳が見開いて。起きた事態を受け止めきれずに、ガンガンと心臓が鳴る。
なんだ、今の?
信じられない。未だに受け止めきれない。
夢?妄想?寝惚けて、おかしな幻覚を??
それにしては、唇の発熱が止まらない。
寝込みに唇を盗む。
恥ずかしながら、私も経験があるから分かる。
あれは覚醒している時と違って。
愛しさを感じないと、生まれない行動だ。
どうしよう。ほんの一瞬、重なっただけなのに。
今までのどれより一番短い、軽いキスが。
一番深く、濃厚に広がっていく。
私たちと同じシャンプーの香りを振りまく柊介から、やっと起こされたフリをして。
ひどく渇いた喉を、冷めた紅茶で潤した。後にも先にも、紅茶を一気飲みすることなんてこれきりだと思った。
一晩お世話になった部屋着を畳んで、八坂さんに受け渡す。
大きな両手をも真っ直ぐ見られなくて。
八坂さんに、そのまま袖を通さずに必ず洗えとガナる柊介を。当たり前でしょ、とたしなめる声は情けなく裏返った。
玄関まで見送ってくれた彼の顔を、見上げる事が出来なくて。
柊介の陰に隠れて、ソソクサと外へ。
八「十和子。」
そのままドアを閉めようとしたところで、家主から呼び止められる。
八「今日は助かった。」
『いえ・・・私は、全然。』
可愛くないだろうな。
やっと持ち上げられた視線は、それでも八坂さんの素足しか見れなかった。
八「また連絡する。」
柊「二度とするな。怒」
柊介が敏感に反応する。
その横で、私はそれ以上に反応する。
“また連絡する”
今はどうしたって、甘くしか響かない。
八「帰ったらちゃんと手洗いしろよ。うつしたかもしれねぇから。」
ドアが閉まる直前、彼はそう言ったけれど。
私は下を向いたまま頷くだけ。
お大事に、も。休んでくださいね、も。
なんの言葉も、返す事が出来なかった。
柊介の後ろを、長い廊下を歩く足元がフラつく。
あんなに毅然とした気持ちで闊歩した行き道と違って。
心ここにあらず、ふわふわと夢見心地。
マンションまで送ってくれた柊介の車を降りて、部屋の鍵を開けて。
カバンも下ろさないまま部屋をリビングを突っ切り、ベッドに倒れ込む。
ディプティックのサンジェルマンの香りが溢れて、やっと帰って来たと認識した身体が。
重く重く、香りに沈んだ。
疲れた。眠たい。お腹も空いた。
それなのに、あのキスが頭から離れない。
唇に触れる。摘んで、軽く叩く。
それでもあの感触が上回る。
大事なモノを、そっと撫でるような。
あんな優しいキスに深読みをしないなんて
もう無理だ。