阿呆らしい。
一人で期待して舞い上がって、馬鹿みたい。
「十和子、お茶。」の声に。
ヤカンと緑茶のティーバッグごと、目の前に置いてやった。
柊介が驚いた顔で私を見上げる。
それなのに、当の本人は動じず臆せず。涼しい顔でティーバッグに手を伸ばしただけだった。
柊「十和子?そうか、いい加減疲れたよな?連れて帰ろうか?」
『疲れてない。帰らない。』
八つ当たりじゃない、これじゃ。
柊介へも、八坂さんにも。
情け無い。
なんか、ますます。
もう「帰るな」とも言ってくれないまま。八坂さんは、粛々と仕事を続ける。
八「・・・ぶっ。笑」
柊「ああ?怒」
八「江里、お前の去勢宣告、全然響いてないみたいだけど。すげぇ強気の施策書出してるぞ。」
エリーの施策書。少しだけ、その響きに耳が動いた。
きっといつもだったら、覗いてみたくなるんだろうけど。
八「どう思う?」
柊「却下。◯◯工業は絶対、下期で落ちるから。」
八「いや、見込みに筋が通ってる。おもしろいから、承認。」
柊「だったら聞くなっ!怒」
子供のような二人のやり取りにも、触診が動かない。
なんかひたすら、移り気な自分にガッカリ。
自分で自分に、ほとほと呆れる。
ワァワァと言い合う二人を尻目に、紅茶でも入れようと席を立つ。
勿論、自分のためだけに。
柊「十和?帰る?」
『帰らないっ!怒』
新しいマグに、コンビニで買ったリプトンのティーバッグを放って。
お湯を注いで、二人から死角になるはずであろう位置に腰を下ろした。
衝動的で本能的。振る舞いは全て思い付きで、他意なんてない。
そんな分析をしておきながら、私はあの人に何を期待していたんだろう。
あの夜のキスに。
何を見出そうとしていたんだろう。
リプトンのキャラメルティーからは、甘く焦がれた香りが立ち上がる。
口にすると苦いのに。ひたすらな甘さで、唇を誘うんだ。
あの夜のキスに、意味なんてない。
私たちは、たまたま居合わせただけで。たまたま、キスに流れただけで。
エレベーターに乗り合わせたのが私でなくても。
泣いたのが私でなくても、きっとキスしたんだろう。
・・・疲れた、もう。
深読みは、もうしない。
あの夜は、たまたまお互いがそこにいただけだ。
折り曲げた膝を抱き寄せた。
鼻先に触れたパーカーから、八坂さんの香りが溢れる。
この香りだけは嫌いになれないかも。
未だ子供のように八坂さんに楯突く柊介。
その声を遠くに聞きながら、目を閉じた。