#眞子side



同じタクシーで帰路についても。
何の懸念もなく大欠伸できてしまう存在。


「のどちんこ見えそうだったぞ・・・。」

『サービスショット。』


いらんわ、と笑って。
彼は窓際に手を頬杖をついて、外の景色を眺めた。


小さな頭越しに流れる、首都高の景色に。
妙な落ち着きを覚える。





『久しぶりでしたね、廣井さんとシリウス行くの。』

「・・・そうだなぁ。俺自体、帰国して初シリウスだったから四年ぶり?くらいだよ。」

『じゃあ、私もそうだ。』



考えてみると、こんなにお気に入りの場所なのに。
廣井さん以外と訪れた事がないことに気づく。

軽い気持ちでは行けない敷居の高さのせいもあるけれど。
ホテルの最上階というその場所は、容易に男性を誘える場所でもない。


初めて訪れたのは、廣井さんがエリーと横浜で飲んでいるという話を聞いて、私が押しかけた時。
初回が、そういうカジュアルな感じだったから。二回目以降も、私は身構えずに廣井さんに強請ることが出来た。

何の懸念もなく、『シリウスの夜景が見たいです』と。




思い返してみると。
毎回、廣井さんはシリウスでそんなに量を飲まなくて。
今日みたいに、私だけが“いい感じ”な事がほとんど。

至極冷静な彼の隣で、私は夢うつつに自宅を目指す。





「どちらから回ります?」

「錦糸町から、先に。」


運転手さんの問いかけに、当たり前に廣井さんが答える。
私を錦糸町で降ろしてから、自宅へ向かう。

方角が一緒だから、同じ席に居れば同じタクシーで帰ることが多いけれど。
廣井さんが先にタクシーを降りたことは、一度だってない。





『廣井さん、全然飲んでない』


そのベビーフェイスに似合わず、私より全然強いクセに。


「だから、もう十二分に飲んでるんだって。これ以上飲んだら粗相する。恥ずかしい連れになるぞ。」

『大丈夫です、捨てていくから。』

「大丈夫じゃねぇよ。笑」

『けど、今はだいぶ醒めてるでしょう?』

「まぁ、さすがに少しは。」

『じゃあ飲み直しましょうよ!』

「いやいや。もう帰れ、お肌に悪いぞ。」




携帯が震えたようで、コートの胸ポケットからiPhoneを取り出して。
私との会話もそこそこに、画面を弄りだした。



運転席、メーターの真上のデジタル時計。
示すのはAM0:7。

この時間に連絡を寄越す相手。
異性だろうと、推察する。






無性に。

この横顔を、困らせて見たくなる。











二人とも降ります、と。
お札を置いて、廣井さんを外へ押し出した。

ノーガードだった廣井さんは、呆気なく外に押し出されて。

「は?は?」
キョロキョロしている間に、私たちを吐き出したタクシーは次の乗客を乗せてしまった。



「おまえ・・・汗」

『どうしても、もう一軒行きたかったんだもん。』


こんな無茶苦茶なことをしたら、この人がどんな反応をするか。


『だけど私を一人で行かせるのも、不安でしょう?』


こんなナメたことを言ったら、この人がどんな顔をするのか。




「・・・勘弁してくれよ。」



解答は、肩を竦めた姿に。
ますまずの悪くない笑顔。



『お気に入りのワインバーに連れてってあげます。』


腕を引く。
人混みをかき分けて、眠らない夜に踏み出す。





レッドローズの香りは。

いつも私を我儘にする。