思いの外早く、ドアは開いて。
先ずは馳けるように柊介が出て行った。すれ違いざま、私を見る隙もなくただ急ぎ足で。
十中八九、柊介が勝つと思っていた。
最近はすっかり熟知している。柊介は、スイッチが入ると絶対に引かない。
八坂さんを何やかんやと言い負かして、車でも回しに行ったんだろうな。
背中を見送っていると、八坂さんがドアの隙間から顔を出した。
「入れ。」
『え?』
思わぬ一言に、聞き返す。
「入れって。牧さんの権限が使えるよな?覗いて欲しいデータがあるんだけど。」
『ちょっ、ちょっと待って、帰らなくていいの?!』
どうして?!まさか、柊介が負けた?!汗
混乱する。
予想に反した事態と。
これを嬉しく感じた、自分に。
「帰らなくていい。」
『えっ、じゃあ柊介が帰ったって事?!』
そんな事ってあり得る?!汗
あの、最強の策士が。
こんな短時間で、降参して尻尾巻いて帰ったって事?!?!
「心配しなくても、すぐに戻って来るよ。」
戻って、来る?
全く理解出来ないまま、リビングへ向かう八坂さんの背中を追う。
そして私は。
「荷物を取りに行った。
あいつも今夜は、ここに泊まり込んで仕事をするそうだ。」
予想をはるかに超えた状況に
放心、した。
重苦しい空気に、絡みつく視線に、手が動かない。
『・・・なに?』
柊「ん?十和子のブラインドタッチは、もう少し早くなかったかな、と思って。」
慌てて飛んで帰ったと思ったら、ほんの15分後。
大きなスポーツバッグとゴルフバッグを携えて再登場した柊介は。
「今夜は寝ずに十和子の隣で仕事をして、終わり次第十和子を家に送って、そのまま千葉のゴルフ場に向かう。」
真顔で言い放って、私と八坂さんの間、狭い隙間に自分のノートPCを割り込ませたと思ったら。
「十和子と仕事が出来るなんて、なんだか新鮮だな。」
ちっとも笑っていない瞳で、綺麗な笑顔を作った。
やばい。
これは、完全に、キテる。汗
それからというもの、定期的に仕事の進み具合をチェックしてくる。早く終われ、という念を全身から放出しながら。
あまりの熱視線に根負け。
『明日、大事な接待ゴルフなら少し寝たら?』
なんて提案してもみたけれど。
「十和子に夢中で眠れない。」
泣きたくなるような返答。
救いの視線を投げても、当の八坂さんは涼しい顔で。
「お茶。」
なんて、変わらず私を扱き使うので。
その度燃え上がる柊介の怒りオーラは熱量を増すばかりで、とっくに私の手に負えない。
『・・・お茶、さっきも入れましたよね?』
八「何度でも、十和子の入れたお茶が飲みたいんだよ。」
わざと煽るような言い方をするから。
柊「十和子、俺は十和子の入れたスペシャルコーヒーが飲みたいな。」
八「・・・スペシャルって何だよ。」
柊「お前は知らなくていい。」
三人模様の、夜は更けていく。