唇が震えた。

気が長すぎるとか、鈍感だとか。馬鹿にされがちな私でも感じた不遇。

もう黙ってられない・・・!怒



『八坂さん、帰る帰らないは私が決める!貴方に断ってもらう必要は、な、い・・・。』

キッと力を入れて振り返ったのに。
美しすぎる顔立ちに見下ろされて、語尾は弱まってしまった。


だけど、今は何よりも。

視線を、目の前にいた柊介に戻す。



『柊介、今日はごめんなさい。だけど私がこうしてるのにも理由があるよ?どうしてそれを聞いてくれないの?』

柊「十和、」

『私が何の理由もなしにこんなことをすると思ってる?そんなに私は信用がない?』


もしかしたら、柊介との歴史の中で。
これが初めての、反抗かもしれない。



柊介は確かに、良く言えば頼り甲斐があって。
悪く言えばエゴイストな面を持っていて。

主導権を離さない。だけどいつも其処彼処に私への愛情がちゃんとあって、だからリードを任せて来たのに________________




『私の話をちゃんと聞いてよ。』



こんな、モノみたいに。
私の話を遮ってまで、取り返そうとするリードなんて許せない。



柊「・・・。」


柊介は、多分何か言おうとして。だけど声に出す前に、唇を噛んだ。

譲られた。

そう、分かった。



『八坂さんの仕事を手伝いに来たの。本当にそれだけだよ。柊介が思ってるような事は、何もないから。』


苦しげに寄せられた両眉は、それでも八坂さんを刺すように一瞥した後。



柊「・・・話は分かった。さっきは無視してごめん。」



寄り添いを見せた。

高まり、詰まりきっていた胸が。
柔らかく撫で落ちる。




柊「十和子は、帰りたくないの?」


突然、背後の気配を色濃く感じた。
この答えによっては、柊介を敗北者にして。

後ろの男を、勝者にしてしまう。




それでも、私は。




『うん。最後までやり遂げたい。』



がっかりするかな。

可哀想な顔をするかな。


そう予感していた柊介は、予想に反して瞳をスッと細めただけで。



柊「・・・分かった。十和子、ちょっと外してもらえる?」

『え?』

柊「八坂と二人で話がしたい。」


どうして、八坂さんと二人で話??

思わず背後を振り向くと、


思いの外八坂さんに異論はなかったようで。




八「どうぞ?」


その目は真っ直ぐに柊介を見据え、ドアをもう一段大きく広げ開けていた。


柊介が私を追い越して玄関へ立ち入る。

外してほしい、と言われた手前。入れ替わるようにして、私は外へ出た。


ドアが閉まりそうになる、そのほんの手前で。


『柊介、』

部屋に向かう背中を呼び止めた。



『八坂さん、熱があるの。』

振り返る、柊介の燃えた瞳に訴える。


ちっとも大人しく療養してくれないけれど。八坂さんには、恐らくまだ高熱がある。


『わきまえてね。』






一拍の、間の後。



「・・・ぶっ。笑」

吹き出した、八坂さんと。


柊「・・・分かってるよ、“弁える”よ。」

不服そうに口をへの字に曲げて、だけど頷いた柊介を見送った。










春の夜の中に、一人取り残される。

閉ざされたドアの向こうに、二人のオトコ。

心騒ぐのは、頬を撫でる生暖かい風のせいだと言い聞かせる。