深夜の空気が頬を叩きつけて、一瞬目を閉じてしまった。
ゆっくり開いた、その視界の先には。





『・・・!!!』



途端に始めようと思っていた言い訳も、弁解も。
何もかも塵になって吹き飛んでしまったのは。








血相を変えて駆け付けた、八坂さんの女ではなく



柊介がいたから。










顔面蒼白、って。
こういう顔色のことを、言うんだと思った。

デートの約束をドタキャンした女が、こんなシチュエーションで現れる。
今の私が、柊介にどれだけのダメージを与えているか。
子供でも分かる、図式だと思った。


洗いざらしの素髪に、ほぼノーメイク。男ものの部屋着から、素足を放り出して。
八坂さんが私の背中越しにドアを開けたせいで、まるでその両腕に囲われるようにして。



見ようによっては。

“情事後”。





「とわこ・・・」

状況を視界に入れた柊介の言葉は、覇気を失って。
うわ言のように、私の名前を繰り返す。



かく言う私は、比例して冷静を取り戻す。
マズイところを見られちゃったな、なんて。どう説明すれば、柊介が落ち着くかな、なんて。呑気にも考え初めていた。



柊「なんでこんな・・・」

『あのね、これにはいろいろと事情があって、』


色を失っていた柊介の瞳に。
満ち満ち漲っていく、赤いエネルギー。

というか、とてつもない怒りの色。


さすが最強の策士。瞬時に態勢を立て直す。
事態を把握してからの取り戻し感は、凡人には到底理解し難いスピードで。





柊「帰るよ。」

八「帰さねぇよ。」



二人の声は、語尾と語頭が重なった。

私の頭上、八坂さんの小さな顔を鋭く射抜く柊介と。
“帰さない”という言葉に、不謹慎にも舞い上がりそうになる場違いな私。

私と柊介を、玄関口の一歩高い場所から俯瞰する、サディスティックな色男。




柊「お前にそんなことを言う権利はない。十和子、帰るよ。着替えておいで。」

八「無理だって。帰さない。」


明らかに跳ねた心を押さえつけて、遅ればせながら。
間に挟まれた私も、当事者として口を挟む。



『柊介、私ね、八坂さんのしご、』

柊「十和子は黙ってろ。」



・・・はい?



柊「お前は人攫いか。十和子は俺の女だよ。連れて帰るって言ったら、連れて帰る。」

八「“俺の女”なら四六時中見張っとけ。帰さねぇっつってんだろ。」



頭上で繰り広げられる、幼稚な言い合いに。

別次元で高まっていくのは、フラストレーション。



なんだか、私。

子供に取り合われるオモチャみたいじゃない?



八「無事を確認出来て気が済んだろ?用が済んだなら帰れ。」

柊「お前、気は確かか?!」

八「もう閉め、」

『いい加減にしてよ!!』