その台詞に違和感を感じて気付く。
自分が昇格、なんて。考えたこともなかった。
『私は別に・・・一般職、ですし。』
一般職と総合職の壁は厚い。
私たち一般職は、転勤もないし事務職が中心。
八坂さんや柊介たち総合職は、海外含め転勤があるし、営業職から専門職まで業務範囲も多岐に渡る。
古い言い方をすれば、うちの会社の一般職には「腰掛けOL」感が未だ残っていて。
私たち自身も、寿円満退社を夢見ているし。
周りの男性陣からも、そういう浮き足立った部類に見られているのではないかと感じていた。
「一般職のまま上がれる職位だってあるだろう。」
それは確かに、聞いたこともあるけれど。
『経験もないし、自分が昇格していくなんて想像出来ません。』
「役員秘書は経営の最前線。下手すりゃ、俺よりよっぽど経験してるよ。」
こんな私が、八坂さんより経験を?
そうなの?
そう言ってもらえることは、少し嬉しいけれど_______________
『まぁ、素質とかもありますよね。私は前に出たいタイプではないし、際立って誇れる分野もないし。』
八坂さんはもう、聞こえてないようで。高すぎる鼻を乗せた横顔は、PCから目を上げなかった。
容姿端麗で。
頭も良くて、仕事も出来て。
何もかも手に入れちゃう人って、本当にいるんだな。
それに比べて、私って。
社員としての価値は、如何程なんだろう?
八坂さんみたいに、こんなにクタクタになっても求めて貰えるほどのパフォーマンス。
私には絶対出来ていない。
漫然と与えられる仕事をこなすだけ。こんなの、いつかロボットにだって出来るようになる。
・・・休み過ぎちゃったな。私も仕事に戻ろ____________
「付け焼き刃でも最低限でもいいから、昇格要件満たすくらいには語学もやっておけ。」
まだ、難しい顔でPCを見ているままなのに。
八坂さんはふいに、話を再開した。
「こと仕事においては、お前の価値を決めるのはお前じゃない。」
走り出したキーボードの音。
だけどそれは、追い立てるような激しさよりも。
「十和子は十分、優秀だ。」
背中を押すような、力強さ。
優秀だ、なんて。
これ以上の言葉を、貰ったことがあったかな。
言われてみて、こんなに嬉しいなんて。
本当はずっと、欲しかったんじゃないのかな。
『完璧モンスターにそう仰っていただけるなんて光栄です。もっと精進させていただきます。』
「モン・・・おい、いま何つった?」
愛想はないし、口は悪いし。
気後れするほどの存在感で、故意か不本意か、人を遠ざける。
だけど、簡単な一言で、何気ない振る舞いで。
私の視界を晴らすことには、他の誰より長けていて。
「もう少ししたら、またあれ作って。」
『あれ?ああ、お粥ですか。次は味を変えて梅干しにしましょうか。』
「なんでだよ。卵入れろよ。」
『・・・。』
「聞いてんの?入れろよ、卵。ちゃんと入れろよ?」
我慢出来なくて。
可愛すぎて、笑えた。
八坂さんといると、詰まっていた栓が抜けるように。
深く、息が吸える。
本当に不思議な人。