完璧モンスターの、弱った気配。

またしても、八坂さんのレアな姿を振り切れなかった私は。




『本当に何でもいいんですね?私のUSBに落としますよ?』

“いいよ。とにかくそのファイルが落ちてれば。”



椅子に座る時間も惜しく、立ちっぱなしでPCを立ち上げ直して。
八坂さんの指示通り、追加のファイルを自分のUSBに落とした。



『・・・よしっ、落ちました。これ、どうすればいいですか?』

矢継ぎ早に、PCの電源を再度落とす。
手元の腕時計が指すのは、19:20。


“届けて。”

『どこに?』


そうなんだろうと思ってた。
大方、取引先でしょう?あんまり遠くないといいけど。

この付近なら、少しの遅刻くらいで済むはず。



“うち。”

『ウチ?』


やだ、シャットダウンの間際でフリーズした?
癇癪気味に、カチカチと右手でマウスをクリックする。


『ウチってどこ?』

“だから、うちだよ。”


あー、もう!涙
どうして急いでるときに限って、こう上手くいかないの?

くるくると回る砂時計が消えるのを待っていられなくて、主電源ごと切ってみる。



『だから、ウチってど______________』


______________あれ?ウチ??


“西新宿。そこからならタクシーで3分で着くから。”



言いかけながら、そのウチが指し示す場所に気づいて。
逆にその後の、詳細情報が耳に入って来なくなった。



ウチ、って。

八坂さんの、うち______________?!汗



“下はオートロックになってる。開錠の番号は、◯◯△・・・”


私の反応を待たず、早口で公開される個人情報に。慌ててミキモトのボールペンを取り上げる。

住所、オートロック解除の暗証番号。
頭を流れていくそれらを、ティファニーの手帳に投げ込んでいく。



聞き返したら、またあんな風に咳き込んでしまうのではないかと怖くて。

もう一度話させたくなくて。ただ、必死で。












分かりました、と言って電話を切ったものの。

本当に私、これから八坂さんの家に向かうの?
だけどもう1秒でも止まっている余裕はなくって。

バッグを取り上げて、フロアの出口に向かって走り出した。
走りながらストールを撒いて、手探りで携帯を探す。



仕方ない、急な仕事で少し遅れるって連絡しておこう。

エレベーターの呼び出しボタンを押して立ち止まって。
あがった息でタップした画面には、柊介からの新着メールが一通。



“首都高が渋滞してる。15分くらい、遅れてしまいそう。”

よかった・・・!それなら、私がお店に着くくらいの時間とちょうどいいはず。


“了解。”

そう、一言だけ返信して開いた扉に飛び乗った。







USB、すぐに渡してそのままお店に向かえば間に合うはず。
焦ったり走ったりしたおかげで、肩の力が少し抜けた。

今夜柊介に話すんだ。私の今の気持ちを、残さず全部。
どんな結果になったとしても。私も柊介も、明日からまた一歩進めるはず。

きっと。和解できるよね。










そう思っていた。

この時、までは。