ふと目をやった運転席。バックミラーから、可愛らしい子犬のマスコットが揺れてるのが目に入る。
子犬。
可愛い子犬。
・・・はっ!!
『エリー、折り返してなかった・・・!』
慌ててバックから携帯をまさぐる。
最低、私、何てことを!涙
ほんのり期待して立ち上げた待受画面には、新着履歴0件。
エリーからは、メールも電話も入ってない様子。
怒ってるかな。どうしよう、ほぼ一日無視しちゃった。
着信履歴からエリーを見つけて、そのままタップして。
耳に当てたところで、すぐにその声は聞こえた。
“もしもし?”
いま一番ほしかった響きに、全身の力が抜ける。
『エリー!ごめんね、電話くれてたのに!!』
“ああ、全然。もう家?”
『ううん、さっきまで会社にいて。いまタクシーで帰ってるところなの。』
“まじかー!俺もまだ会社なんだ。一緒に出られればよかったな。”
キュウ・・・
自分の胸が鳴いた音が、確かに聞こえた。
昨日の今日。私の身体は、完全にエリーを意識してる。
『エリー、あのね、今日、』
“昼間電話したのは、柊介さんの事。もう知ってると思うけど。”
先手を打たれる。
“藤澤もお疲れさま。”
さりげなく柔らかく。エリーらしく。
『・・・聞いた?』
“うん。ああ、けど噂になってるとかじゃないよ?俺が聞いたのは、須藤からだから。”
先回りしてもらえる安心感。鼻先がツンとする。
エリーの前では、ぼろぼろと鎧が溶けていく。タテマエも遠慮も、戸惑いも。
『柊介のお父さんには、私もお世話になったんだ。』
“うん。”
『最期に会えてよかった。』
“そっか。”
短い相槌に。
穏やかな瞳のエリーが浮かぶようだった。
呼吸をすぐそばに感じる。
隔てる電話がもどかしい。
身体の彼方此方がじんわり温まってくるような。私へのエリーの影響力は、出会った日から変わらない。
『エリー、私を流したいと思う?』
「は?何それ。」
カタカタと、声の向こうにキーボードを叩く音が聞こえる。
まだ仕事が終わってないんだ。早くこの電話も切らなきゃ。
『ううん、やっぱり何でもない。』
こんな時に、私は何言ってるんだろう。
バカみたい。
じゃあ切るね、と続けようとして。
“藤澤、”
心地良い低音に心が捕まる。
“週末の話なら、俺は本当に急いでないから。”
温もり。唇を噛む。