今なら容易に目に浮かぶ。
私と過ごす裏で、心に痛みを抱えていた柊介が。
「打ち明けられなくて、ごめん。
十和子のせいじゃなくて、俺の弱さのせいだ。」
一人でここまで抱えてきた姿は、間違いなく強い人だと思うのに。
そう告げれば涙が流れそうで、唇を噛み締める。
「うーん・・・なんかホッとした。もっと早く話せばよかったなー。」
その口調は、まるで内緒話を打ち明けた子供みたいに伸びやかで。
どれだけの重荷を背負ってきたのだろうと思うと。
私の頬は、結局濡れた。
『ごめんね・・・。』
「いや、泣くなよ。十和が泣くと、俺も泣きたくなるから。笑」
大きな手の平が頭を撫でる。本当はそうして欲しいのは、自分の方なはずなのに。
見上げる、穏やかな微笑み。その首に腕を回してしまいたいのに、今の私は簡単にそうはできない。
「さっきの江里の話、ちゃんと聞かないでごめん。近いうち時間作るから、全部話して。」
『あのね、』
「何でも受け止める。俺の気持ちは変わらない。」
柊介の背景のオレンジ色が、温かく溶ける。
思い出の中の空は、どれもこんな綺麗な夕焼けだった気がする。
「俺は十和子と出会ってから、十和子がいてくれてよかったとしか思った事がない。
これからも、十和子がいてくれてよかったと思いたい。」
それはもしかしたら。
「これから迎えるどんな時にも。十和子にそばにいてほしいんだ。」
この人の隣で見たからかもしれない。
思い出が混じり合って、言葉が出て来ない。
もっと違う状況で、違う気持ちでこの言葉を聞けたなら。
だけど、今のこの時だからこそ、こんなに胸をえぐるのかもしれないと思う。
頷くことも首を振ることも出来ない私をそのままに、柊介はやって来たタクシーを止めた。
開けられた扉の前で、私を振り向いて手招きする。
このまま行けば、またこの人を一人にする。
そう分かっていながら、私はフラフラと立ち上がって。頭を下げて、その扉を潜る。
「初台までお願いします。」柊介の声に、運転手さんが頷いて扉を閉めた。
窓の外、見上げた柊介と目が合う。その声はもう届かなかったけれど、唇の形で「ありがとう」と言われたと分かった。
止めてください、そう言えたのに。
唇を噤んだままの私を乗せて、タクシーは走り出した。
振り返れば、きっと柊介がいる。分かっていたから、私は振り返らずに。
声を殺して、また泣いた。
許せと言われても、許せない。
柊介の事も、こんな状態でエリーを選ぼうとした自分も。
寅次さんに会えてよかったと思った。これからも変わらず明日香ちゃんの力になりたいと思ってる。
柊介の最後の言葉は、愚かな女心をついた。
こんな感情は、エリーへの裏切りだ。
私、最低だ。
新たな波が訪れるたび、流されてる。あっちにもこっちにも、フラフラ情けない。
どうしたいのか、自分で自分が分からない。
涙に溺れる外の景色を見ながら、ハッと気づいて声をあげた。
『ごめんなさい、行き先変えられます?』
「はい、どちらに?」
『外苑前まで。日帝商事ビルで、止めてください。』