明日香ちゃんが背中を起こして、緑茶の缶に手を伸ばす。

私が先に手にして、蓋を回してから渡した。
柊介が、いつもそうしてくれたように。





「お兄ちゃんが、なんで十和ちゃんの事好きになったか知ってる?」

『え、知らない!』


私の事好き?という分かり切った問いは幾度となく試した事があるけれど。
そう言えば、なんで?とは一度も聞いたことがない。



「驚いた顔が、可愛かったんだって。」

『え?』

「私も詳しくは知らないんだけどね。十和ちゃんが、何かに驚いた時があったんだって。“すごーい”って言った、その時の顔が可愛くって。」



そんなの、いつの事か全く分からない。
きっと、ありふれた日常のワンシーンだったに違いない。



「一目惚れ、したって。」



それを鮮明に、一目惚れだと表現した柊介に。

痛いほどの恋しさが、込み上げた。




「お兄ちゃんの原点は、今でもそこなんだろうね。十和ちゃんの“すごい”が聞きたくて、いつでも“すごい”って思われてたくて、くだらないやせ我慢をするんだと思う。」


もう冷めていておかしくない筈のミルクティーの缶は。
ジンワリと、両手の中で熱を持つ。


だって、それってなんて。



「しょうもない兄貴でごめんね。」



真っ直ぐな、恋心なんだろう。








見落としてきたものばかりが見えてくる。

柊介だって、エリーだって。

私が見てきたものは、何だったんだろう。


裏返しだったカードが、一つ一つ捲られていく。
表だと思ってたものは裏で、裏だったものが表になる。


最後に表を向くカードには、一体何が記されているんだろう。

その時、私は____________。






「お父さんは、唯一お兄ちゃんが無防備になれる場所だったと思うんだ。
だからお父さんがいなくなっちゃったら、お兄ちゃんどうなっちゃうんだろうって心配。」


柊介と明日香ちゃんを見つめる、寅次さんの瞳が蘇る。
確実に、その時が近づいているのを感じる。



「日中一人で強がりすぎて、夜泣きとかしないといいけど。」

『夜泣き?笑』


笑いかけて、真剣な眼差しの明日香ちゃんと目が合って笑みが止まった。


「十和ちゃんは、そんなお兄ちゃんでもいい?」


ストレートな問いかけに、思いが詰まる。


「これからも側にいたいと思える?」


私を見据える濡れた瞳は、寅次さんにそっくりだった。








『・・・明日香ちゃ、』

「清宮さん!お父様の意識が!意識が戻られました!」


飛び込んできた看護師さんの声に、明日香ちゃんが立ち上がる。
一瞬、確かに顔をしかめたのを見て、走り出そうとする身体を手を取って止めた。


「十和ちゃ・・・」

『大丈夫だから、転ばないように落ち着いて行こう。』


既に涙目の明日香ちゃんは頷いて。
私の右手を、しっかりと繋ぎ直す。

無機質な廊下を、呼びに来てくれた看護師の方が先を行く。
その背中を、一歩一歩追い掛ける。