ズッと鼻を啜る音がして。
明日香ちゃんは、やっと大人しくなった。
膝に流れる、長い黒髪に触れる。艶々な髪とか、薄い肌とか、何にも囲われていない瞳とか。
明日香ちゃんの無垢な雰囲気は、彩る素材の美しさからきているんだと思う。
初めて会った時、とても同い年には見えなかった。
幼い子供のような警戒心の低さを、上手に作れる人だった。
「十和ちゃんの膝、気持ちいい。寝ちゃいそうだよ。」
『寝て?柊介がいるから大丈夫だからね。』
“柊介がいるから大丈夫”
何だか、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「お兄ちゃん、泣くかなぁ。」
明日香ちゃんの小さな声の後ろで、自販機のクーラー音が低く響く。
「お母さんが死んじゃった時は泣かなかったの。今度は泣くかなぁ・・・。」
“今度は”
それが意味する近い未来に、胸が締め付けられる。
『柊介はカッコつけだからね。明日香ちゃんの前では、泣かないかもしれないね。』
「もしかして、お兄ちゃんとうまくいかなくなったのはそれが原因?」
静かな声が、ぼんやり耳を覆う。
「お兄ちゃんのいいかっこしいが、十和ちゃんを怒らせたんでしょう?」
『・・・明日香ちゃん、』
「ずっと気づいてたよ、あんなにトワトワ言ってた人が何にも言わなくなるんだもん。
おかしいなって思ったんだけど、私もバタバタしてて連絡が出来なかったんだ。
十和ちゃん、一人で嫌な思いさせてごめんね。」
そんな事を、自分が悪かったと感じる。
久しぶりに会っても、瞬時に相手の心を理解する。
柊介にはない、明日香ちゃんだけの才能。
その才能は相変わらずピュアで、鼻先がツンと鳴った。
『・・・ううん、私も悪かったなぁって思ってる。私が、柊介を甘えさせなかったんだよ。』
「甘えてたじゃん!私の結婚式での醜態、忘れた?」
あれは、ちょうど一年前に執り行われた明日香ちゃんの結婚式で。
親族だけの内輪の式、ということで私もお招きいただいた。
同い年ということもあり、明日香ちゃんの花嫁姿に感無量の私。
いちいち涙ぐむ私を他所に、寅次さんと柊介は飲んで飲んで飲みまくっていた。
寅次さんに呼ばれ、少しだけ席を立って叔母様方に挨拶をしていたその時。
柊「ばかっ!」
振り向けば、完全に目の座った柊介。
『ば、ばか・・・?』
「柊介!」
親族の皆さんの怒鳴り声を他所に、柊介は真っ直ぐ私の前へやって来て。
誕生日に貰ったティファニーのブレスレットが揺れる手首を、一引き。
柊「俺の側を離れるな。」
ドヤ顔でそう呟いたかと思えば、砕けるほどのキスをお見舞いしてきた。
あの時の柊介の舌の熱さと、周りの悲鳴が忘れられない。
翌日、酔いが覚めた柊介の反省っぷりは相当な物だった。「情け無い、忘れてくれるなら何でもする」を連発し、ひたすらに頭を下げられたけど。
明日香ちゃんを手放す寂しさを上手く表現出来なくて、あげく変な独占欲が私に向いたんだと気付いたら。
なんだか、可愛かった。
『あったねぇ、そんなこと。笑』
「ねー?ほんっと最低だったよね!
やせ我慢してカッコつけた挙句、最終的にカッコ悪くなったっていう。笑」