柊介のお父さん、「清宮 寅次(きよみや とらじ)」という方は。
一言で言うと、“元祖、昭和の色男”。

ガッシリとした骨太体型に、濃いめの風貌。豪快な笑い方で、気持ちがいいくらい嘘をつけない人で。

柊介のクールな切れ長の瞳と違って、情がたっぷり詰まった熱い瞳。

全てにおいてスマートな柊介と対照的。
二人が似ているのは、地黒な肌色と。女性の扱いのそつなさくらいだった。




付き合って一年後、初めて寅次さんを紹介された食事の席で。
私を「十和子」と呼ぶ寅次さんに、「親父が呼び捨てにするなっ。」と都度つっかかる柊介が可愛かった。


寅「柊介と俺は似てないだろう。柊介は、死んだ妻似でね。」

『お母様、美人だったんでしょうね。』

寅「そうだな。少し十和子に似ていたかもな。」

柊「だから“十和子”って呼ぶなって!」


そんな柊介に、目尻を下げてお酌をする寅次さんの笑顔は、もっともっと可愛かった。














『危篤?どうして?いつから?』

「容体が急変したのは、土曜日。」

『急変って、前からどこか悪かったの?』

「肺癌。もう一年になる。」



胸が締まった。

知らなかった・・・。

寅次さんが肺癌だなんて。今の今まで、聞いた事がなかった。一年以内の話なら、もう十分私たちが付き合っていた頃の話。

だけど、『どうして言ってくれなかったの?』なんて。今の私には到底言える資格もなかった。




『そう・・・。今から行けば、少しは会える?』

「顔は見れるよ。ただ、話はもう出来ない。」

『そんな________。ごめんなさい、土曜日に連絡をくれてたのに。』

「いや、俺も間に合わなかったんだ。」



信号待ちで止まる車体。
窓の外を行く人の笑顔が、他人事みたく遠く感じた。



「土曜は、取引先との接待ゴルフでね。小堺さんと牧役員も一緒だった。
途中、何度か携帯が鳴ったんだけど。知らない番号からだったから、出ないでそのままにしていたんだ。まぁ、それが容体の急変を知らせようとする親戚からの着信だったんだけど。
取引先を見送った後、やっと掛け直したら________」



雲ひとつない、空の青さが。



「もう、親父は意識がなくなってた。」



目にしみる。


どうしてあの時、柊介の電話に出なかったんだろう。
あの時、エリーの手じゃなくて、震える柊介の着信を選んでいれば。








『ごめんなさい・・・。私、そんな時に側にいられなかった。』

「いや、それは本当にいいんだよ。こうなる事は分かっていたから。
癌が見つかった時から、末期だっていう話だったしね。」


柊介の声は、淡々としていて。それが、週末を一人で過ごした柊介の背中を彷彿とさせて、さらに胸が痛んだ。



「悪かったな、説明もせずに連れ出して。そういうわけだから、今日は病院に付き合って欲しいんだ。」

『わかった。私も、少しでも寅次さんに会いたい。』


とても、お世話になった人。別れ際に毎度してくれた握手、大きな手の温もりを思い出す。

今は柊介との事は別にして、ちゃんと挨拶をして送り出したい。




「違うんだ、十和に来てもらったのは。
親父の事は、まぁ、そうだね。十和に来て貰えれば、親父も喜ぶと思うんだけど____________。」



歯切れの悪い柊介。あんなに力ずくで私を連れ出しておいて、この期に及んで何を躊躇っているのか分からない。


病院が見えてくる。何度も傍を通ったことがあるけれど、まさかここに入る日が来るなんて。





運転席の柊介は、また一段と表情が曇ったように見えた。





「明日香が、俺の手に負えないんだ。」