「館野のおばさんと、君のやり取りを見ながら思い出したよ」
「知り合いだったの?」
「ん、そうだね。あの人とは子供の時からだから」
「だから、あんなに落ち着いていたのね」
「そうでもないさ。ほら、まだ、こんなにドキドキしてる」
理貴は、タクシーの中で伊都を引き寄せた。
本当に心臓がどきどきして、早く脈を打っている。
「館野のおばさんが、アメリカの内藤の家の、食事係りになってやってきたとき、俺は七歳だった。あの人、確か離婚してすぐで、子供を日本に置いてきたって言ってた」
「そうっだったの」
「だから、あの本は自分の子供に対する愛情なんだ。だから、いい加減な気持ちで関わってほしくなかったのさ」
「許してもらえたってことよね」
「本当に、君って人は、また気難しい人物を味方につけたね。
料理の世界で、何とかしようと思ったら館野のおばさんは避けて通れないよ」
理貴は、ほっとした。
心臓が止まるかと思ったのは、本当だった。理貴が心配したのは、本を出版出来ないかもしれないってことじゃなく、伊都の純粋さを理解してもらえない、伊都が誤解されるのは辛いと思ってたからだ。
ここで、館野のおばさんに悪く印象をつけてしまうと、命取りになりかねないと思ってついてきたのだ。
でも、伊都は予想をはるか超えて、人をとりこにしてしまう。
いつか、俺すら越えていくのではないかと思うくらいに。