「おはよ。もう渡した?」


 しずえちゃんが、薄っぺらい鞄と重厚なギターケースを引っさげて教室に入って来たのは、皆が和やかにおしゃべりをしながら好き勝手に移動した席で昼ご飯を食べている時だった。

しずえちゃんは時折、こんな風にロックな時間帯に何食わぬ顔で登校してくる。私の遅刻なんて屁でもない。

 みんなの机の上にはお弁当やパンの袋の他に、昼休みが始まったとたんに教室中を巡り廻ったいくつものお菓子の袋が乗っている。

 私はひたすらに切ない気分だった。本当なら今頃私も皆におにぎりを配っていたはずだったのに。


「どうしたの?あれ配るなら今でしょ。まだなんとか昼ご飯に紛れ込めるじゃん」


 荷物を床に下ろしながら、しずえちゃんは不審そうに私の顔を覗き込む。

 実は、と言いかけたところで私は見てしまった。

 吉野君が、一際手の込んだチョコレートケーキを食べている。

 家庭科部マドンナがほんの数分前に配りだして、歓声と共に迎えられた一品。

 それを頬張った吉野君の口から、「美味い」という言葉がこぼれる。


「・・・え、なに?ていうかブツはどこさ。まさか作ってこなかったの?」


 目頭が熱くなってきた私は、その言葉にぶんぶんと首を振ることしかできなかった。

 今泣いてしまうなんて、惨めにも程がある。

 泣くな、私。


「・・・ちゃんと作った。作って、持って来たんだけど・・・朝、遅刻して、先生に取られた・・・放課後まで返してくれないって・・・」


 今にも溢れ出しそうになる涙を手の平に爪を立てて堪え、どうにか声を絞り出した。

 その瞬間にしずえちゃんの表情が一変した。


「何でそれをはやく言わないの!職員室行くよ、絶対返してもらう!」