吉野君。彼は人類の中でも特別な存在だ。


 たまらないのはその眼差し。


 吉野君はサッカー部に所属しているため、放課後になるとグラウンドへ降り立ち、凛々しくボールを追いはじめるのだが、その目元に浮かぶ挑戦的で楽しげな、しかし燃えるように真剣な表情はボールに嫉妬してしまうほど魅力的なものだった。


 中学生の時までは貴重な時間を玉転がしなどに使う男なんて、馬鹿か阿呆だと思ってたけど、私は彼の姿に引きつけられると同時に、その狂った考えをゴミ箱に捨てた。


 サッカー。あんなに高尚なスポーツはないじゃないか。




 高尚であるからこそ、私がやるべきではない。






 一年前の春、授業でサッカーをやることになって、身長を理由にキーパーに指名された私は、運動部の女子が無慈悲に勢い良く蹴り上げたボールを顔面に受けて大泣きした。
 クラスのみんなは心配そうな顔をする人と面倒くさそうな顔をする人に二分され、遠巻きに様子をうかがう男子の中で、一際面倒くさそうに眉を寄せていたのが吉野君だった。視界の端にそれが映った時、深く傷ついた。


 それでも、さっさと走って行って保健室の先生を呼んできてくれたのは、その吉野君だったのだ。



 もう好きだった。



 その事実だけで、まるで卵から蝶が生まれるような勢いで私の恋心は羽ばたきだした。


 一度好きになると、どんなところも良いところに見えてくるもので、私は彼の面倒くさそうな眼差しや嫌そうな眼差しさえ愛した。


 それでも、一度でいいから、吉野君がいつもボールを見ている時のような、そんな視線を浴びてみたいと思う。


 次に生まれ変わるときはボールになれたらいいね、としずえちゃんが言ってくれたことがある。


 そうなれたらいいなあ、と頷くと「ロックで良いと思う」としずえちゃんは太鼓判を押してくれた。しずえちゃんの、面倒くさくなってくると自分を曲げるところは嫌いじゃない。