「配るって、なに配るつもり?あんた、点稼ぎできるようなもん何も作れないじゃん」


「え?アルミにチョコ溶かして固めれるよ」


「小学生かあんたは!点稼ぎどころか恥さらしだよ!どうしても配りたいんなら、下手なことせずに既製品配りな」


「既製品配るなんて、お金を撒くのと一緒じゃん」


「あんたの感覚が分からん」


 しずえちゃんのハートはロックに捧げられているせいで、乙女心を一切解しない。そこが良さでもあり面倒臭さでもあると私は思う。


「そっか、でもチョコじゃなくていいなら甘いものじゃなくても良い気がする!」


「え、なんで?なんでそこまで開き直るの?」


「よく考えたら、甘いものってそれだけで好き嫌い分かれるじゃん。この際誰でも食べれるものを目指したいよね」


 私の脳裏には、既に日本人の心のふるさとが育んだ素晴らしい料理が描かれていた。



 これだ、と確信した。



「私、バレンタインにおにぎり作る」


 しずえちゃんは、口いっぱいに納豆を詰め込まれたかのように、ただ目を見張って口を噤んでいた。


「今まで黙ってたけどおにぎりなら結構自信あるんだよ。春野家では毎年お盆の時期に新潟の実家で苛烈なおにぎり合宿が開かれてるから」


 合宿の度に泣き言も冗談も許されないおにぎりの世界を目の当たりにしている。おばあちゃんの俊敏な手の動きを盗もうと、疲れきった腕に鞭打っておにぎりを握り続けたこと。食べ物を粗末にしないことは全ての基本であるため、三日三晩全ての食事がおにぎりだったこと。私の身体は全て覚えている。


 しずえちゃんは私たちの未知の世界に恐れを成したようだった。


「あんた・・・バカだ!バカすぎる!バカすぎて何も言えねえよ!おにぎりとかどう考えても絶対アウトだから!あんたのバレンタインはもう駄目だよ!絶対泣く羽目になるんだから!」


 しずえちゃんは何やら激しい想いをロックにぶつけるために、教室を飛び出して行ってしまった。


 いくらバカと言われても、私だって譲れない。



 だってこれが、一番私の気持ちを込められるやり方なんだから。