そんなことを思っている内にしずえちゃんは速やかに職員室に入って行くので、慌ててその後ろに続くと、私たちの教室には存在しない暖房の熱気がむわんと顔の表面を撫でた。

 つかつかと進むしずえちゃんはいつもと違ってあまりに大人しい。私は状況が何も分からなかったけれど、とにかく腰巾着のようにぴったり着いて行った。

 入室してすぐ右手にあるデスクが割り当てられている来栖先生は、スマートフォンを見ながらコンビニで買ったらしきサラダとカップスープを悠長に食べていた。その足下に私の紙袋がある。しかし、しずえちゃんはそのデスクを静かにスルーした。

 足を止めたのは、来栖先生のデスクから5歩分ほど離れた位置にある学年主任のデスクの前だ。頭皮に深刻な問題を抱えているけれど、この先生の人気は高い。なぜなら生徒に優しい割に教師に対して厳しいという教師にしては謎の二面性があるからだ。

 コーヒーを片手に小テストの採点をしている主任の頼りない後頭部に向かって、しずえちゃんは声をかけた。


「先生」


 振り返って、しずえちゃんと私を見比べるようにした主任は穏やかな声で「何かな」と続きを促す。


「ちょっと、しずえちゃん」


 しずえちゃんのやりたい事が分かった気がして、思わず口を挟んだ。

 さすがに、他の先生は巻き込めない。先生にも悪いし、なにより来栖先生が余計に怒り狂うだろう。

 明らかに気乗りしないことをアピールしている私におかまい無く、しずえちゃんは続けた。


「来栖先生が、朝のホームルームに遅刻したからと言って春野さんの昼ご飯を没収したんです。昼休みになっても返してくれないのはさすがにひどすぎると思います」


「そりゃ確かにひどいなあ」


 その口述に何かが違うと疑問を抱く間もなく、主任はやたら年代物の椅子から立ち上がって、どしどしと来栖先生のデスクに向かって行く。

 しずえちゃんの口元が、一瞬にやりと上がって歯を覗かせた。