「……来たな」

 惟道が呟いた。
 はっと皆が顔を上げた視線の先、庭の茂みの一部分が暗い。

「ま、待て!」

 慌て過ぎて身体が思うように動かないようで、道仙は衣をただ乱しただけだ。
 焦りながら茂みの闇と惟道を交互に見る。

「何をそんなに怯えているのです。あなたは最強の結界が守ってくれているのでしょう?」

 表情のない顔で、惟道が言う。
 それに、若干道仙の震えが収まった。

 が、目が茂みに向いた途端に、道仙はその場に崩れた。
 腰が抜けたようだ。
 同時に茂みから、鬼が飛び出してきた。

 最早声も出ないようで、道仙は口を大きく開けて、それを凝視する。
 鬼は、まっしぐらに道仙に飛び掛かった。

「紺!」

「ま、魔﨡!」

 守道と章親の声が重なる。
 次の瞬間、ぱし、と空気が揺れ、小さな子供と美しい女人が姿を現した。

「出たかぁっ!」

 折角の『美しい女人』という形容詞をぶち壊す勢いで、魔﨡は嬉しそうに錫杖を構えて、ざっと周りを見た。
 すぐに状況を察し、道仙のほうに飛んで行こうとする。
 だが。

『ぎゃっ!!』

 今しも道仙に食いつこうとしていた鬼は、道仙に触れることなく、叫び声を上げて飛び退った。

「……結界か」

 守道が呟いた。
 やはりあの結界は、鬼も防ぐのだ。
 簀子でへたり込んでいる道仙は、まだ真っ青で固まっている。

「こ、惟道殿。道仙殿を殺す気なの?」

 あの鬼は、穢れの付いた者にしか反応しないとはわかっているが、何となく注意を引きたくなく、こそ、と小さく、章親は惟道に声を掛けた。