私がいる場所は、作業を円滑に進める事が出来るよう、金型から部品を起こすプレス機と同じ場所にある。
部品の大きさによってはまちまちだが、大きな部品になると金型の重さもt(トン)という桁違いの重さになる。

それを動かす機械が置かれている訳だから、とにかく地鳴りがするようなくらいの音が出るのだ。
加えて研磨機は、高速で回るやすりに部品を付けると、耳を塞ぎたくなるような高音を出す。

そんな音が一日中工場内に響き渡る。
だからここで働く者はみな、耳栓を付け作業を行っていた。

本来は人と話す時は肩をトントンと叩き、叩かれた側は安全を確認してから耳栓を外して話し始める。
そうしないと声が全く聞こえないからだ。


ところが一体どういう訳か、目の前に立つこの男、岡田和宏(おかだかずひろ)のその言葉だけ、しっかりと聞こえてしまったのだ。

岡田さんは大手自動車メーカー「KIZUKI」の工場に勤務し、生産技術課という部署で働いている。
つまり、部品を設計している人ってわけで。
「KIZUKI」はこの工場から車で約30分ほどの場所にあり、週に一度この工場に訪れては、設計した部品に不具合がないかをチェックしに来ていたのだった。

いきいきとした黒髪をワックスでしっかりセットし、目鼻立ちのしっかりとした顔。
すらりとした背と長い脚が、より彼のカッコよさを引き立てている。
加えて高専卒業後に理系大学に編入し、院を卒業後に「KIZUKI」に入社した優秀なエリート様(上司の情報による)。

ほとんどが高卒で、ガッチリとしたガテン系の男が多いこの工場の中では、全く正反対の男である。

全く興味がない、と言ったら嘘になるが、私とは住む世界が違う人間だ。
普段は顔を合わせても、軽く挨拶する程度の人。
まだまだ下っ端の私には、接点などないに等しい人間である。

それがなぜいきなりそんな事を聞いてきたのか。