(あんな男、好きだったなんてバカみたい)

 怒りをどこにもぶつけられないまま、バスは停留場へ辿りつく。道路に落ちた石ころを蹴りながら、時間をかけてゆっくり家路を歩く。何かしていないと泣いてしまいそうなのと、すぐ家に帰りたくなかったからだ。

(こんな顔、誰にも見られたくない。だけど他に行くところもない。誰かに頼って、追及されるのもイヤ)

 頭の中はぐちゃぐちゃだ。全ての感情の小石を蹴ることに集中させることで、何とか取り乱さずにいられる。


「……だろ?」


 耳に入ってきたのは、男の子の楽しげな声だ。

(……誰?)

 明日美の家の前に、男の子の姿がある。携帯で通話中らしく、右手が顔の傍まで上がり、左手は紙袋のようなものを持っている。

 ゆっくり近付いた香苗は、それが見知った人物だと言うことにも気がついた。

(三笠くん……? 同じクラスの……だよね)

 オタクだけど明るくてクラスでも人気者だ。明日美とは接点などないはずなのに。


「ちょっと出てこれる?」


 顔を上げて、俊介が言う。その視線の先には、明日美の部屋。

(今日の明日美のデートの相手って、まさかコイツ?)

 気付くと同時に、香苗の胸には苛立ちが湧きあがって来た。

(明日美だけうまくいくなんて、理不尽)

 勝手にやったとはいえ、明日美のために色々な手を尽くしたのは香苗だ。なのに結果はこうだ。香苗はふられて、明日美はうまくいく。
 
 明日美が自分から告白するとは思えない。いつだって恥ずかしがってうつむくような生粋の内向型女子だ。きっと俊介の方から告白したのだろう。
 何もしないくせに、いつもおいしいところだけ持っていく。人生はなんて不公平なのだろう。