「違うの。ただ、今日はもうこんな時間だし。……私、帰らなきゃ」

「今更三十分くらい遅れたって変わらないだろ」

(三十分ってなによ)

 コトが終わったらすぐさよならする計画だったのなら、体だけ欲しがられていたみたいでげんなりする。香苗はムッとしたまま、忠志から目をそらした。


「……もっと、いいタイミングがあると思う」


 香苗が揺るがなさそうなのを感じたのか、忠志も吐き捨てるように言った。


「分かった。じゃあ服着れば。帰れよ」


 背中を向かれて、気まずい気分のまま香苗は手早く衣服を身につけ、立ち上がった。振り返ったころには忠志の方も服を着終わっていたが、動き出す気配は全くない。


「あの、帰るけど……」

「帰れば」

 
 今までにない冷たい態度に、悲しいのと苛立ちが一気に襲ってくる。


「分かった。帰る」


 わざと大きな音を立てて扉を閉め、階段もこれでもかというくらい踏みつけて降りた。

(いくらやり損ねたからって、夜に女の子を一人で帰すのはどうよ)

 香苗はイライラしたまま、バスを乗り継いで行く。家に帰る方のバスでは座れたので、退屈しのぎにスマホを取り出すと、数分前にメールを受信していた事に気付いた。


【やれない女と付き合う気ない。別れて】

 たった二行の、忠志からのメール。香苗は思わず絶句して、息を飲んだ。震える手を抑えるために、力いっぱいスマホを握りしめる。

(たった一度拒否されたくらいで、こんな結末?)

 香苗を支配したのは、悲しさよりも苛立ちだった。大人だと思っていたのに、身勝手を見せつけられ、反吐が出る気持ちになる。