「邪魔そうだから帰ろうか」

「え?」


 戸惑っているうちに、忠志は香苗のカバンを抱えて外に出た。迷いながも香苗は後をついていく。


(このままじゃ、琴音は勝くんと……。でもこの間は決心がつかないって言ってたのに)


 涼しい夜風に少しずつだが頭が冴えてきて、香苗の頭で琴美の言葉がぐるぐる回る。


(本当に置いて行っていいの? それとも無理矢理連れて帰るべき?)


 悩んでいる香苗の足はやがてピタリと止まった。忠志が振り向いて不審そうにのぞき込む。


「どうしたの? 具合悪い?」

「ううん。そんな訳じゃ……」

「ふらついてるよ」
 

 忠司が香苗の肩を抱いてくる。いつもより密着度が高いことが気になって、香苗は少し体を背けた。


「……もう帰る」

「今帰ったら怒られるんじゃない? お酒臭いよ、香苗」

「あ」


 掌に息を吹きかけて、匂いを嗅ぐ。確かに、ビールの香りがした。


「そうだ。どうしよ」

「少し遅くなるって連絡いれて、俺んちで休んでいけば?」

「……う、うん」


 迷ったまま顔を上げると、月明かりを背中に受けた忠志が、目を細めて穏やかに笑う。優しい顔に心臓が早鐘を打ち始め、誘われるまま、香苗は彼の手を取った。


「おいで」

「うん」


 引っ張られるまま、徒歩五分の距離にある忠志のアパートに連れていかれる。二階への階段を上ったところで、ようやく声が出た。


「ホントに、勝くんちに近いんだね」

「そう。友達と近いと便利だよ。すぐ遊べるし」

「そうでしょうね」