待ち合わせは駅のエントランスにある水のオブジェ前だ。十分前についてしまった明日美はそこをぐるぐる回りながら、何度も自分の格好をチェックする。
 さっきは可愛くなれた、と思ったけれど、時間がたつと今度は張り切り過ぎのオシャレが恥ずかしいような気がしてきたのだ。

(調子乗ってる? 私。どんなに頑張ったって、私なんて)

 うろうろしながら背中を徐々に丸めていく明日美は、突然後ろから肩をたたかれて「ひゃあっ」と悲鳴をあげた。


「よう! 早いじゃん!」


 快活な声の持ち主を見て、明日美は一瞬言葉に詰まる。
 足元はスニーカー、羽織っているチェックのシャツの中には癒し系アニメの猫Tシャツ。そして何故かリュックの他に紙袋。
 いわゆるオタクファッションというやつだ。しかし俊介の背の高さと骨格の良さがそうさせるのか、普通に格好よく見える。

(イケメンって、何着ても格好いいんだ)

 新鮮な驚きに、明日美はため息をつく。


「み、三笠くん。おはよう」

「おー、我妻おしゃれだな―。可愛いじゃん」

「か……」


(かわいい? 私が?)
 
 顔が熱くなってきて、慌てて頬を抑えて下を向く。そうしたら、俊介が持っていた紙袋が目に入った。


「どうしたの、その荷物」

「ほら、この間学校で話したじゃん。おススメ漫画。読んでみたいかもって言ったじゃん。だから、我妻に貸してやろうと思って」


 俊介は、軽々とそれを持ちあげて笑う。


「私に?」

「うん。帰りに渡すよ。十七巻あるからさすがに重いし、ロッカーに入れてくる」

「あのでも」

「ん? 読みたかったんだろ?」

「うん。でも」


(あんなに小さな声だったのに)

 いつだって勢いよく話す俊介に、自分の声など届いていないと思っていた。相槌を打つ感覚で言った言葉を、ちゃんと覚えて居てくれたことに感激する。