「だいたい、前にいた中学校ではこんなにうるさくなかったぞっ」
あー、ハイハイ。また、“前いた中学の美しいお話”ね。
本当に、うっとうしいったらない。
何でも、前にこのトシオのいた中学というのが、文京区にあったかなり優秀な学校だったそうで、生徒もお坊ちゃんだとかお嬢様が、たくさんいたそうだ。
授業中もいつも静かで、さぞお上品な生徒さんばかりだったんだろう。
いつもAさんはこんなに賢かった、Bさんは家がお医者様だった、などと個人情報を流出している。
悪いけど、わたしはそんなこと言われても知らないし、カケルくんみたいなあんな非常識なひととも、関わりたくはない。
きっとみんな、そうなんだと思う。
あのうるさくてウザいヤツらには、好きなことをさせておけばいい、多分そういった考えがあって、わざと放っておいてるんだ。
面倒なことは、極力避けておこう……ってね。
それにしても、最近トシオの話は長くなってきたように思う。
何でかなぁ? よっぽど、行いが悪いのかな。
「全く、きみたちは受験に対する心構えが足りんな。前の中学の子たちは、1年生の春から、どこを受けるのか決めて、勉強を始めていたぞ!」
なるほど、こういうことだったんだ。
来年は受験生、もうその自覚を持て、とでも言いたいのね。
だけど、いつもこういった比較をされては思うことがある。
あんた、それで何がしたいのさ?
確かに、世の中天才やいい育ちの人はたくさんいる。
でも、それはハッキリ言ってわたしたちではないのだ。誰か、よその地域で暮らしている人だったり、生きてきた経緯が違ったり……とにかく、わたしはそんな人じゃない。
おそらく、この学校にいるほとんどが、わたしと同じだろう。
だから、トシオの言葉も響かず、ただの嫌味になるだけ。
今も鞄の中にかくしたケータイでメールを打ってる人もいるし、机の引き出しのすき間でマンガをこっそり読んでいる子もいる。
トシオ、あんたは気づいてないんだろうね。気づいたら、また怒るんだろうね。
でも、これがわたしたちの現実なんだよ。
トシオの世界じゃないかもしれないけど、これはわたしたちが生きている、本当の世界そのものなんだ。
あー、ハイハイ。また、“前いた中学の美しいお話”ね。
本当に、うっとうしいったらない。
何でも、前にこのトシオのいた中学というのが、文京区にあったかなり優秀な学校だったそうで、生徒もお坊ちゃんだとかお嬢様が、たくさんいたそうだ。
授業中もいつも静かで、さぞお上品な生徒さんばかりだったんだろう。
いつもAさんはこんなに賢かった、Bさんは家がお医者様だった、などと個人情報を流出している。
悪いけど、わたしはそんなこと言われても知らないし、カケルくんみたいなあんな非常識なひととも、関わりたくはない。
きっとみんな、そうなんだと思う。
あのうるさくてウザいヤツらには、好きなことをさせておけばいい、多分そういった考えがあって、わざと放っておいてるんだ。
面倒なことは、極力避けておこう……ってね。
それにしても、最近トシオの話は長くなってきたように思う。
何でかなぁ? よっぽど、行いが悪いのかな。
「全く、きみたちは受験に対する心構えが足りんな。前の中学の子たちは、1年生の春から、どこを受けるのか決めて、勉強を始めていたぞ!」
なるほど、こういうことだったんだ。
来年は受験生、もうその自覚を持て、とでも言いたいのね。
だけど、いつもこういった比較をされては思うことがある。
あんた、それで何がしたいのさ?
確かに、世の中天才やいい育ちの人はたくさんいる。
でも、それはハッキリ言ってわたしたちではないのだ。誰か、よその地域で暮らしている人だったり、生きてきた経緯が違ったり……とにかく、わたしはそんな人じゃない。
おそらく、この学校にいるほとんどが、わたしと同じだろう。
だから、トシオの言葉も響かず、ただの嫌味になるだけ。
今も鞄の中にかくしたケータイでメールを打ってる人もいるし、机の引き出しのすき間でマンガをこっそり読んでいる子もいる。
トシオ、あんたは気づいてないんだろうね。気づいたら、また怒るんだろうね。
でも、これがわたしたちの現実なんだよ。
トシオの世界じゃないかもしれないけど、これはわたしたちが生きている、本当の世界そのものなんだ。