「はい、スミマセン」

「次からは気をつけるように」






 職場の上司に怒られて、罰として明後日までが期限の仕事を、今日じゅうに仕上げなければいけなくなった。何ということだ。




「……はぁ、絶対間に合わないって」



ため息つきながら、カタカタと指を動かして文字を打っていく。この作業も大分慣れたものだ。




「なぁに、葵チャンまーた怒られたわけ?これ何回目よ」

「うるさいですねぇ、しょうがないじゃないですか」

「それこないだも聞いたけど?」

「余計なお世話です」




 隣のデスクから身を乗り出してくるのは、同僚の篠崎さん。5つ上の先輩で、私がこの会社の中で一番お世話になってる人かもしれない。見た目は少しチャラめだけど、話してみるととても良い人なのだ。気さくだし、優しいし、話しやすい。





「葵チャン、頑張りすぎて寝不足かもしんないけど、遅刻は厳禁な?ほんとに」

「分かってはいるんですけど」

「けど?」

「………目覚まし時計がイジワルするんで、起きれません」






数秒間が空いた後、フハッと笑う声が聞こえた。隣を見れば、クツクツと喉を鳴らして笑う篠崎さん。頭にポンッと手を乗っけられて一言。






「葵チャン、サイコー」

「………はあ?」




ワシャワシャと頭を撫でられて、篠崎さんはコーヒーを取りに席を立った。





「………なんか、凄く腑に落ちないんだけど」



笑われっぱなしな事にモヤモヤしつつも、手だけは動かしたままで必死に文章を打っていく。徹夜だけは勘弁して欲しい。






***



 高校卒業後、すぐに私は職についた。大学に行くという選択もあったけど、一人暮らしになる為、自分で生活費を稼がなければならなかった。それが我が家のルールだったのだ。
大学に行ったからといって、特にやりたい事があった訳ではなかったから、高校の時運動部のマネージャーをしていた事もあって、結局私は大手スポーツメーカー企業に就くことにした。


 最初は勿論、不慣れな事ばかりであれこれやらかしちゃってたけど、今では遅刻を除いて目立ったミスも無いし、職場にも溶け込めてるはずだし、大分落ち着いたと思う。




「ほい、葵チャンの。砂糖少なめミルク多め。あってる?」

「あってますよ。ありがとうごさいます」




渡されたコーヒーを啜りながら、ここまで打った文章に間違いがないか見直す。対して賢い頭を持ってないので、添削作業は欠かせないのだ。





「うわぁ、ここ1文まるまるズレてる……」




仕事の先の見えなさにズルズルと机に突っ伏すと、「わー頑張れー」と隣からなんとも気が篭ってない声援を受けた。非常に腹立つ。




「良いですよね、篠崎さんは余裕があって」

「まぁね、俺計画的だし」




べ、と舌をだしてピースをしてくる篠崎さん。そのドヤ顔、マジ殴って良いですか。




「なんなら俺が手伝ってやろーか?」

「良いです、別に。自分でやりますよ」

「まぁーたまたー、意地張っちゃって。変に意地張ってないで先輩頼りなさい?」

「そんな事いって、またからかってくるんでしょ、どーせ」

「んー?そんな事ないさー、仕事に関しては俺チョー真面目だから」

「自分で言っちゃうんですか、それ」




はははー、と笑い飛ばしているが確かに篠崎さんは仕事に関しては本当に凄い人なのは知っている。それは少なからず私も尊敬しているし、認めている。要するに自分で言うだけあるのだ。




「でも、………良いです」

「そ?ならいーんだけど。無理は禁物なー。ちなみに目覚まし時計は悪くないぞー」

「一言余計です、無理は……しませんよ。だけど、自分でやらないとなんかアレなんで……」




目を逸らしながら言い、恐る恐る篠崎さんの顔を見ると、ニカッと音が付きそうなくらいとびっきりの笑顔で笑った。







「よく言った!!」




そして、またワシャワシャと撫でられた。