“薫”と、呼んで欲しかった。



――付き合ってるんじゃないんですか?わたしたち。

どうしてみんなの前で、カイ先輩の前で、あたしのことを、薫って呼んでくれないんですか……?





理解に苦しむあたしをよそに、森川さんはふらりと立ち上がった。


「今日は帰ります。また、課題のレポートがあるんで」


あたしを置いて出ていこうとする森川さんの背中を、見つめることさえ出来なかった。

信じていたものが――音を立てて崩れていくようだった。


「多忙だな」


煙草のけむりを吐きながら、隣に座るカイ先輩はのんびりとつぶやいた。


森川さんを追いかけたい気持ちが高まって――でも今以上に拒絶されてしまいそうで怖くなる。

あたしは一歩も動けなかった。


「じゃ、お疲れさまでした」


パタン、とドアが閉まり――狭い空間の中に、カイ先輩とふたりだけで取り残された。