あたしは、全てを捨てた。

苦しみも迷いも、しがらみも、全部捨て去った。



―― ……そんなにカイさんがいいか? ――



あたしに残ったのは、森川さんの熱と、香りだけ。

未練なんて、ない。












『……おれにしとかない?』


あんな森川さんの顔を見たのは初めてだった。

無口なだけに、いつも無表情――たまに笑っても、口の端を少し上げるだけ。


そんな森川さんが――苦しげに、なにかに耐えるように、笑っていた。

今にも壊れてしまいそうな、脆く儚い、悲しい笑顔。


『大事にするよ』


お互いの息づかいさえも聞こえるくらいの距離なのに、あたしは不思議と冷静だった。

森川さんの言葉の意味も――はっきりと理解できた。


それでも、あたしを抱きしめようとする彼の手から逃れようとしなかったのは、

別に、現実から目を背けたわけではないのだ、と……どうしても思いたかった。