幼いころにした、兄とのケンカ。

でもそれ以来、兄妹ケンカはしていない。


あたしに放った言葉の罪悪感からか、やっぱり母がいないからか、

お兄ちゃんはそれっきり大人になってしまったかのように、しっかり者になった。



そして、あのケンカ以来、あたしは母との思い出から遠ざけられるようになった。

確かに、お兄ちゃんの吐いた言葉はあまりにも重すぎた。

あの時のあたしはまだ5歳だったけれど、その言葉の意味は、嫌というほど理解できた。


だから、父と兄は、故意にあたしを母の墓に連れて来なかったんだと思う。





後妻である“お母さん”がうちに来たのは、そのケンカの2週間ほど前だった気がする。


まだ小さくて、素直にお母さんに馴染めたあたしとは違い、

あたしが産まれるまで母と暮らしていたお兄ちゃんは、突然現れた女性を“お母さん”とは思えなかったに違いない。





しかし“お母さん”の話は、中林家では母の話と同じくらいタブーになっている。


お母さんは――あたしが小学生のころに、突然いなくなってしまったからだ。