あまりのことに、あたしは何も言えなくなってしまった。

そんなあたしをちらりと横目で見たあと、先輩は笑って新しい花火に手を伸ばした。


「フラレチャッタ」


線香花火に火をつけながら、先輩は左の胸ポケットから煙草を取り出した。

花火の光を反射して――先輩の右の薬指がきらりと光る。


「先輩……、指輪……」


その手にはまだ、ブロンズ色のリングがしっかりと収まっている。


「ああ、これね。はずせないの」


カイ先輩は、煙草のけむりを吐き出しながら、静かにつぶやいた。

線香花火は、ようやく火花を散らし終え――オレンジ色の玉をふくらませつつある。


「別れてもう一週間経つのにね。頭ではわかってるんだけど」


そのほの暗い光を写す指輪に、サユリさんの綺麗な横顔が見えた気がした。



「はずせない――指輪をはずしたら、現実を見なきゃいけない気がして……

別れを、認めなきゃいけない気がして――」





オレンジ色の玉が、風に揺られて静かに落ちて――

先輩の頬から落ちたなにかが、一緒に地面に吸い込まれていった。