けれどこの時の俺はあることを忘れていた
怒りと決意に燃えていた俺は完全に冷静さを欠いていた
今は八月
そして地球温暖化が進んだ今日このごろ
八月は充分過ぎるほど
あっちいんだよ!!
ひたいから流れ落ちる汗は拭っても拭ってもポタポタとあごの先から流れていく
うっぜぇ……
このままだと熱中症にも気をつけなきゃなんないし……
……今年の夏、エアコンをガンガンにして寝てた俺を呪いたい
なんて、考えられたのもつかの間
フラリ
「ほよぉ!?」
目眩がして倒れそうになり、素っ頓狂な声をあげてしまった俺
マ・ズ・イ
聞いてたやつは、いないと願いたいんだけど……
いっぽいな、うん
向こうの方からバタバタという足音がする
ここにいたら捕まるのも時間の問題
どうすればいいんだ!?
周りを見回す
すると見えたのは……
障子のついた部屋?
ここなら障子を閉めりゃぁバレないんじゃね
さっきの足音が大きくなる
もう一か八か
ここに隠れよう
俺はその部屋に人がいないことを願ってそっと障子を開けて中に入った
入ったのは九畳くらいの茶室
うわーい畳だ畳だ
じゃなくて!
和風美人さんと話してたのも畳だったしそこまで興奮することでもないかー……でもなくて!
何ノリノリになってんの
遊びに来てんじゃないから
心を助けに来てるんだから
気合いを入れるためにほっぺたをペチン
いったぁ……
痛いけど……気合いは入ったよな
よしよし
じゃあ早いとこ行動しなきゃ
しなきゃね
なのに……
あいつらどんだけ執念深いの!?
いつまで経っても俺を追ってきたやつらはいなくなる気配ナシ
あんたらがいなくならなきゃ俺行動できないんだけど
お前らがいなくなるまで待てと? 待てと?
断る!
時間がもったいないじゃんか
けどなぁ
外には出らんない
……ん、だったら
この部屋で手がかりを探せばいいんだ
きっとこの部屋に手がかりはある
あるよ、ある
こんなのただの勘だけど
ずっと待ち続けてる、なんて俺のガラじゃないもん
俺は待つよりも行動してる方が性に合ってるよ、やっぱり
っつってもこの部屋、ほとんど何もない
はじの方に積み上げられた座布団
立てかけられたちゃぶ台
んであとは……
……と……とととと!?
か、刀!?
鞘に収まった長刀
ほら、時代劇とかで見るアレ
マジか
銃刀法違反とちゃうの?
コレ
別に俺警察でもなんでもないからいいんだけどさ
そうだ、コレ護身用にもってっちゃおうかなーなんて
……冗談だよ?
それでこそ犯罪だしさ
そういえば時代劇といや
やっぱり隠し通路だよねぇ
たとえばあの掛け軸の後ろとか
俺は『まさかね~』などと考えつつ長刀の後ろにある掛け軸をめくる
そこにあったのは……
隠し通路だ!
ということがあればいいんだけどねー
隠し通路なんて物はなく、かわりに、と言うべきかはわからないが封筒があった
なんだこれ?
へそくりとか?
……………………
……ごめんなさい、つまらなかったね
スベってたね
俺は架空の涙をそっとぬぐうと、その封筒の中身を取り出した
……何コレ?
読めない
なんか英語が書いてあるんだけど
俺ジャパニーズオンリーだから
ノーイングリッシュだから
解読不可能
ところどころに書いてある数字とかは読めるけど
それだけでわかっちゃうようなエスパーじゃない俺にはやっぱり読めず
うーん
ポクポクポクポクポクポク……
……チーン
うん、読めないわ
手がかりにはなるかなぁ?
暗号とかだったらなりそう
それともただの英語なのかな……あ?
足音……止んだ?
もうこの部屋出られるか
だったら心を助けに部屋出なきゃ
この封筒もいざとなったときに捨てればいいよね
もってっとこ
外に出たらまたあんなことになるかもだから、今度は屋敷内を移動
ということで
第二ラウンドだぜ!(なんか違う?)
心、俺頑張るからねーーーーーー!
柱の陰に隠れ、息を潜める
……なんて、アレ現実にはあり得ないなって丁度今痛感してます野田 沙耶香です
はいはい俺ただいま
屈強な男の人たちに
追われてますッ!
キラキラリーンと明るく言ってみたけど状況は全く好転しませんしないのです
いや、俺だって柱一本でどうなるとかは思ってなかったけどさ
それだけ追い詰められてたんだよ
約五分前にさかのぼると……
やっべぇやっべぇ
むやみやたらに行動するんじゃなかった
こんなことさっきのアレでもわかってたことじゃないかぁぁああ!
十メートルほど向こうに警備員さんっぽいなんか怖い男の人を見つけちゃいましたんこぶ
……寒っ
笑えねぇよ笑えねぇよ
体感温度が二十度くらい下がってくれました
涼しいですむしろ寒いです
そんなジョークを考えてる間にも
男の人は歩いてきますマズいです
つうか前見られたら完全に見つかるわな
軽く言ってるけどヤバいものはヤバい
こ、これは……
どこかに隠れなければ!
そしてパニクった俺は柱の陰に隠れたわけなんだけど……
やっぱ人間の体積って柱一本でどうにかなるもんじゃなかったわ
うんうん
……もうとっくに後悔はしてる
んで現在、
追いかけられてるってことです
しかも強面のおじさんに……
「待て!」
待ちませんよ待てませんよ
「止まれ」
お断りします!
っつうか何も悪いことしてなくても逃げ出したくなるような顔したおじさんたちだよ?
悪いことしてる俺はもちろん逃げるでしょう!
……でもそろそろ体力限界なんだけど
ゼエゼエハアハアしてる息を整える暇もないし
整えてたら捕まるし
脇腹が痛い……
美女さんのとこでお茶菓子食いすぎたな、コレ
俺のバカ……
しかもあいつらずるい
途中で人員補充してやがる
明らかにさっきより増えてるよ強面のおじさん
追いかける→バトンタッチ→休む→追いかける
でいけばそりゃあ疲れないだろう
かわいい子どもを大勢で追いかけるなんて大人げないよオジサン
ロリコン疑惑かけられちゃうよ
なんてジョークも口からは出てきてくれない
とりあえずどこか隠れなきゃ……
柱の陰……はさっきダメだっただろ
車のした……って、そんなの絶対怪我する
しかも屋敷内にあるわけない……
強面のおじさんに紛れて……変装道具を常に所持してる高校生がどこにいるんだよ!?
焦っている俺の頭は全く活動してくれなくて
非常事態ですマズいです
ちったぁ働けよ! 俺の頭!
いつもムダに回転してる俺の頭!
ピンチの時に限って何でウンともスンとも言わないんだよ!
ポカリと一発頭を叩く
バシリだったかもしれないけどゴツンだったかもしれないけど
それは今はどうでもよくて
働け働け働け
とポカポカ殴っていれば
それがいい方に働いたのか
ピーンとひらめいちゃったんですよ
俺の名案、それは……
さっきみたいに近くの部屋に隠れる!
っつうもの
ドヤァアアアという感じで
ドヤ顔をしたいところですが今は自重
俺は手ごろな部屋がないかと周りを見回したのだった
なるたけデカい部屋でありますように
そんな期待をしながら適当な部屋に飛び込む
ちっさな部屋だったらどうしよう
すぐに追い詰められちゃう
ドキドキバクバクな心臓をおさえて部屋の中を見回した
……お
ラ、ラッキー
入った部屋は書庫のようなところ
つうか……学校の図書室みたいな?
ここなら隠れられる場所もあるし、広い
神様ありがとう、大好きだよ!
本当によかった
へたり込みそうになるが、今はまだ安心できない
どっか見つからないところ、ないかな
見つかりにくいとこでもいいから
とはいってもねー
ここには本棚とテーブルしかない
本棚の陰に隠れるとか柱とおんなじ結末にしかなりそうにないし
俺だって考えてるのよ? そういうこと
そこまでバカでもないしさ
どうしたもんかね
うろうろと本棚の間を山車のように練り歩いていると
その本棚の内でも一番古そうな――――ボロボロの、ともいう――――本棚を見つけた
……他は新品なのに
なんでこれだけ……?
古い以外は普通だよね、これ
一般的な本が入っている
……って、ん?
あれ……ここの本、英語?
いや、読めないから英語なのかイタリア語なのかフランス語なのかも全くわかんないんだけども
とにかく、これ日本語じゃないことは確か
ここだけ英語の本ばっかって偶然じゃないよね
手がかりになったりでもするかなぁと本を目で追っていく
A……B……C……
アルファベット順になってるのか
わかりやすい
D……E……F……機G……H……と
今アルファベットじゃないのがあったよね!?
少し戻って見てみる
『機巧館のかぞえ唄』
これ……児童書?
手にとってよく見ようと軽く引っ張ってみた
……抜けない?
そこまでぎゅうぎゅうに詰めてるようには見えないんだけどな
うんしょ、うんしょ
それでも本は抜けません
『おおきなかぶ』かよ……
お婆さんも孫娘も助けてくれそうにないしな
うんしょ、うんしょ
む~
抜けん
コイツ腹立つわぁ
いらだち紛れに一発デコピン
ていやっ
カチ
……は?
今なんか音した!?
驚いて一歩後ろに下がれば、それに合わせたように
ズズズッと音をたて、本棚が一メートルほど前に……出た
な、何があったん?