私が泊まる予定の部屋の中へ入り、ベッドに下ろされた。
わざとらしく両手を握ったり開いたりを繰り返す井樋さんに、もう1度心を込めて伝えた。


「ありがとうございました」


すると、あのビー玉のような綺麗な青い瞳が私をとらえた。
カイの目と同じ。
吸い込まれそうな瞳。


「明日、その足じゃソリに乗って犬たちを操作するのは無理だと思う」

「…………………………あ…………、そうですね……」


思いのほかガッカリした声を出してしまって、自分でも笑えてポリポリ頬をかいた。


「やだな、私。いつもこうなんですよね。計画性ないっていうか。怪我のことも忘れてました」

「特別に乗せてやっから」

「え?」

「またバスケットの中で良ければ、な」


井樋さんは踵を返してドアノブに手をかけると、こちらの方は見向きもせずに言葉を続けた。


「それで、気が済んだら東京に帰れ。ここは夢の世界でも天国でもないんだからな」


なんと返事をすればいいか迷っているうちに、彼はドアを開けて部屋を出ていってしまった。


気が済んだら東京に帰れ、か。


分かってますとも。
言われなくたって、分かってる。
東京っていう現実から逃げて、北海道に逃げ込もうたって無理な話なのだ。


傷心旅行が聞いて呆れる。


明日、犬ゾリ体験をしたら、私は東京へ帰る。
帰る場所は、ひとつしかないからだ。