部屋に戻るためにのぼろうとした階段の前で、おもむろに井樋さんがしゃがんで背中を向けてきた。
この光景を、私は昼間にも見た。
遭難した時だ。


デジャヴ、かと思った。


「おんぶする」


井樋さんは私の方を見ずにそれだけ言った。
顔が見えないので、どんな表情をしているかはうかがい知ることが出来ない。


でも何故か、涙が出た。


「早くしろ。足首くじいてたべ」


この人、私が右足首を痛めていたのを覚えていたらしい。
なんだ、口は悪いけど優しいことは優しいんだ。
そうじゃないと遭難者の救助になんて来ないか。


「重いですけど、いいですか」

「早くしろ」

「すみません……」


おっきくて広い背中に身体をあずける。
フワッと浮き上がって、しっかりおんぶされた。


「重っ」


嫌味ったらしく文句を言っていたので、繰り返し「すみません」と謝った。
泣きながら、謝った。


不思議な色だと思っていたアッシュグレーの髪が目の前に。
それは近くで見ると銀色にも見えた。
言うなれば幻想的な色……。