「……仁にとって小春さんは特別なの。たぶん、小春さんにとっての仁以上に依存してる」
「水野以上に?」
「仁は何も言わないけどね。きっと誰にも何も言わない。だから、私の勘。気にしないで」
佳苗は困ったような笑みを浮かべたけど、すぐにいつもの調子に戻す。
「これも私の考えだけど、仁は小春さんを取られたくないから俊君に意地悪するのよ。でも俊君にとって悪いことでもないはずよ」
佳苗が小皿に取り分けたサラダを受け取る。
「何でだ?」
水野との仲を邪魔されるんだ、良いことなんてない。
「俊君に小春さんを奪われる可能性を仁は想定してるってこと。そうじゃなければ、あんな意地悪言わないよ」
「なるほど。今日俺と会うこと、仁は何も言わなかったのか?」
水野と仲が良い上に、佳苗とまでこうして夕飯を食っていたら仁はどう思うのだろうか?
「むしろ喜んでた。『佳苗にとっては貴重なやつだ。楽しんで来いよ』って。私、人と話すの苦手で。特に男の人と。だから俊君と初対面で話せたのは奇跡みたいで」
きらきら目を輝かせる。
佳苗とは今後もうまくやっていけそうな予感がする。
「仁のやつ、本当に俺が水野に好意持ってるのが気に食わないだけなんだな。その扱いに不満はないのか?」
「仁の小春さん馬鹿は仕方がないもの。惚れたが負けで諦めてる。……あっ!でも、私のことも仁はすごく大切にしてくれてるの。だから不安を感じることはないよ!本当に!」
ぶんぶん首を振りながら、慌てて、弁明した。
これは惚気のような気がする。
無意識の惚気だ。
俺は片思いで苦労してるって言うのに。
仁だけ、何でこんな良い思いしてるんだ。
水野と佳苗。
両手に花で俺を嘲笑う姿が目に浮かぶ。
男として、仁より劣っているなんて思わない。
なのに、何故こうも待遇が違うのだろうか?
理不尽だ。
帰りが遅くなったから、佳苗をマンションまで送った。
なるほど、ここか。
仁と二人で暮らしているマンションは。
俺たちのアパートとそんなには離れていなかった。
駅で四つ。
疫病神はすぐ近くにいる。
邪魔立てしようと思えばいつでもできる距離だ。
仁と顔を合わせたくないから、マンション前で別れた。
俺と水野の仲を邪魔するな。
お前のほうが、用済みなんだ。
水野にちょっかいかけるな。
そんなことを念じてみた。
しかし、疫病神の力は凄いことも承知済みだ。
なんせ仁は、俺の目の前にいなくても厄を振りくのだから。
一年も前からずっと。
それは、水野が仁中心主義で。
俺が、そんな水野に惚れているからだ。
厄は仁に振られても、水野が仁を忘れない限り俺に及ぶ。
疫病神の仁。
そして、仁馬鹿の水野。
この二人と戦っていかなければならないのだ。