「広也は信用がおけるやつだと思っていた。だがな。広也の話すところのお前の姿があまりに私の知る俊の姿とかけ離れていたんでな」
「広也には妄想癖があるんだ。重度の。病気だからあいつを許してやってくれ。悪気はない」
さらりとでまかせを言う。
「広也の話をこの間まで信じていなかったことを申し訳なく思ってる。俊。私は感動した!人は変われるんだな!姉さんはお前の味方だ。小春には私から頼んでおこう。『可愛い弟をよろしく頼む』と」
何だか、話がかみ合っていない。
姉貴の中だけで話が進んでいる。
しかも、まずい方向に妄想を広げている。
何としてでも姉貴の妄想を修正しなければ、俺に明日はない。
窮地に追い込まれた。
これは一人暮らしを獲得した時よりも難易度を要する。
「いや、忙しい姉貴を煩わすなんて広也が本当に申し訳ないことをした。友人として謝っておく」
「お前は最後までシラを切るつもりか?お前のたった一人の姉さんに」
悲しげに首を振ってみせた。
「何を聞いたかはだいたい見当がつく。熱があったから付き添ったに過ぎない」
深く息を吐いた。
姉貴の思い込みトークに付き合いきれないところだが、付き合うしかない。
「お前がそこまでするやつか。情け容赦なしのお前が?」
「あのな。夏に実家に帰った時も俺は具合が悪いやつを介抱した。駅で会っただろ?瀬戸と」
「ああ。小夜か。私の後輩とは思えないほど清楚な子だったな」
ビールを一気にあおった。
この豪快な飲みっぷりが姉貴の性格を表している。
瀬戸が姉貴と同じ高校に通っていたと知った時は少し驚いた。
タイプが正反対だったから。
というより、姉貴が女子高なんて間違っている。
だからこそ、伝説として語り継がれているのか。
瀬戸曰く、『熊をも倒した猛者』だとか。
熊は知らないが、男をなぎ倒している姿は幾度となく見てきた。
そして、幼少期に俺は殺されかけた。
それからだ、空手を習い始めたのは。
自分の身は自分で守らないと。
病院のベッドで目を覚まして一番に思ったことはそれだった。