佳苗はみかんを剥いて、俺に寄越した。
「あ?」
「みかん。はい」
一粒取った、俺の口の前で差し出す。
変な気の遣い方だ。
佳苗は変わっている。
とりあえず、口を開けると放り込まれる。
「榊田君。ダメだよ?佳苗さん取ったら」
声のほうに目線を向けると。
水野が腰に手を当てて、寝転がってる俺を見下ろしていた。
「お前の腐れ頭には恐れ入る」
「だって、榊田君が女の人とそんなに親しくしてるのはじめて見たんだもん」
むっ、としながら水野は言った。
「小春。こいつには注意しろ。相当な女たらしだ」
水野の肩を両手で持ちながら仁は厳かに言った。
「え~それはないよ。たくさん言い寄られてるけど誰にも見向きさえしないんだよ」
水野は仁のほうを見ながら首を振った。
「そうだ。でまかせ言うな」
俺は起き上がり頬杖をつき、佳苗の向いたみかんを半分取り、一気に口に放り込んだ。
「仁。俊君と昨日会ったばかりで何もわからないでしょ?」
一日経てば、佳苗の俺の呼び方も親しみをこめたものに変わっていた。
おばさんは数十分で変わったが。
俺が佳苗と呼ぶのに、向こうが『榊田さん』じゃ違和感があるし、この呼び方のほうがしっくりくる。
「わかる。俺は鼻が利くんだ。相当遊んでただろ?」
仁は俺に好戦的視線を向ける。
「それはお前のほうなんじゃねぇの?」
俺は鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
こいつ。
油断ならない。
水野との仲を徹底的に邪魔する気か。
「いいや、俺はお前と違う。なぁ?図星だろ?」
仁はくっくっと笑いを漏らした。
そんな仁と俺を水野が交互に見比べる。
驚いて、ただでさえ大きい目がさらに大きくなっている。
マズい。
そうだったの?
そう言われてしまうと思った。
水野だけには伏せておきたい事実を。
腹を括った矢先に、これだ。
ここまで俺の恋路の邪魔をする仁は一体何様のつもりだ。
「はじめて見た。仁くんがそんな意地悪言うところ」
驚きはそっちか、俺はほっとした。
「水野。こいつは性悪だ。気をつけるべきはこいつだ」
腕を組み、俺はしたり顔で頷く。
「仁くん。榊田君に意地悪言っちゃだめだよ」
仁は水野の説教を受けた。
俺がいつも水野に説教されるように。
今度は俺が笑ってやった。
佳苗もくすくす笑った。
正義は勝つ。