仁を起こしに俺が借り出された。


 まぁ。


 水野を行かせるくらいなら俺があいつを蹴り飛ばして起こしてやるほうがマシだ。


 宣言通り、蹴飛ばした。


 布団の中で呻きながら俺を睨みつけた。


 それを上から見下ろすのは気分が良かった。


 ぼさぼさな髪に狐目の仁はかなり格好悪い。












 朝食は、豪勢だった。


 とは言っても、朝食の枠を外れていない。


 水野の料理には文句のつけようがない。


 仁のために作った卵焼きを食べる。


 こいつの卵焼きは作った本人と同じくふわふわしていて、俺の特にお気に入りの一品。


 塩味が聞いていてうまい。


 ただ仁好みの味付けなのは気に入らない。


 仁を見つめる水野は本当に幸せそうだった。


 ずっとこんな瞳で仁を見続けていたのだろう。


 仁がいるだけで、それだけで構わない。


 そんな顔をしている。


 ただ、ただ、幸せそうだった。


 信頼も愛情も、全部仁だけに捧げていた。


 そして、仁も水野に微笑んでいる。


 優しい微笑だ。


 そんな表情を気のない女に見せるから、水野は泣いたんだ。


 どう見ても、愛しい人間に見せる表情だ。


 水野を女として見ていないくせに。


 仁は懲りずに、同じことを繰り返している。


 佳苗が苦笑していた。


 その心の広さには感服するばかりだ。


 俺は不愉快さでいっぱいだった。


 好きな男に向ける笑顔を見てみたいと思っていたのに。


 現実に目の当たりにすると、どうしようもない惨めさを感じた。


 仁が卵焼きを褒めると、水野はうん、うん何度も頷いた。


 嬉しそうに。


 そんなことで何で、そんなに喜べるんだ?


 たかが卵焼き一つ褒められたぐらいで。


 そんなちっぽけなことでも特別に感じてしまうのだろう。


 俺にしたって、こんなくだらないことを考えてるんだ。


 報われない片思いは一緒だ。


 でも、俺にはチャンスがある。


 可能性は限りなく残されている。


 腹は括った。


 だから、ほんの数時間は耐えよう。


 水野にとって新たな一歩なのだから。