「戻らないなら別に構わない。俺も戻らないがな」



「俺が戻ったら、小春ちゃんがさっきより危険な状況になるじゃないか」



「……どこが?」



 広也は手を顔の前で上げ、わざとらしく驚いた仕草をする。



「女に見境がない俊だ。この間はグラマー美女。今日は里香ちゃんをお持ち帰り。小春ちゃんに手を出さない保証はどこにもない」



「おい、さっきからうるさい。水野が寝てるんだ。静かにしろ」



 水野は唸り声を上げていて、聞こえてはいないはずだ。


 おそらく。



「違うだろ。小春ちゃんに聞かれたくないんだろ?自分の女のだらしなさを知られたくない。そうだろ?」



 コーヒーをカップに置き、広也は肘をついた。



「小春ちゃんに知られたくないようなことやるなよ。グラマー美女のことだって後悔してるくせに、今度は里香ちゃん。自棄も大概にしろ、俊」



 広也が厳しい口調で俺を叱責した。













「うがっ!あうっ!」



 奇妙な声と、大きな音。


 ソファーから水野が消えている。


 広也と下を見ると水野が落ちていた。


 声をかける前に水野は唸り声を上げながら起き上がり、テーブルに頭をぶつけ、うぎゃぁ!と獣みたいな悲鳴を上げる。


 そして、俺たちが唖然とする中、靴を慌てて履き、トイレへと駆け出して行った。


 俺の上着は水野と一緒に床に落ち、水野に踏みつけられ、オレンジジュースはぶつかった拍子に倒れた。


 店員を呼んで、布巾を貰いテーブルを拭いて、踏まれた上着を拾い上げる。



「……俺が自棄を起こす気持ちがわかったか?」



 広也は苦笑しながらも、内心楽しそうに笑った。