「違う世界だったら、私が隣で笑ってたのかな!?どうすれば、その世界に行けるのかな!?違う世界だったら、私が仁くんのお嫁さんになってたのかな!?」
最後に、そう喉が張り裂けるように捲し立てて、また俯く。
目を擦りながら。
仁は水野の顔を覗き込むように身を屈め、口を開いた。
何を言っているのかはわからない。
夕焼けのせいで、良く見えないが、仁は優しく微笑んでいる。
俺が二人のところに着く一歩前に、水野は夕焼けに向かって大声で泣いた。
劈くような泣き方だった。
まさに負け犬の遠吠え。
負け犬が夕日に向かって吼えているようで。
慟哭が響き渡る。
水野の顔を見ると、口を大きく開けて、わんわん泣いていた。
涙がぼたぼた溢れ出し、鼻水も出て、よだれも出て、化粧がぐちゃぐちゃなのに、そんなことにも気づかないぐらい、わんわん泣いていた。
爪が食い込むほど強く握りしめられた拳が悔しさなのか、悲しさなのか、ひどく震えていて痛々しい。
そんな水野の腕を掴み、引きずって行こうとした。
だが。
水野は俺には目もくれず、手を振り払った。
一年前と同じだった。
あの時とまったく同じだ。
何も変わっていない。
汚い顔をして泣いている水野を仁は抱き寄せた。
水野は仁の肩に額を押し付けながら、わんわん泣いた。
ぎゅっと握り締められていた拳は今は仁の背広をキツく掴んでいる。
死んでも離さないと言うかのように。
仁のエナメルの靴に水滴が一滴、二滴と落ちていく。
水野の世界には仁しかいなくて、俺はそれを見ている忘却人に過ぎない。
二人の目に、俺は映っていないようだ。
二人だけの不可侵の世界がそこにはあった。
心が冷え切っていくのを感じた。
急速に。
そこで、佳苗に手を掴まれた。
「ね?先に行こう」
俺は佳苗と歩き出した。
振り返ることはしない。
水野の泣き声が耳にこびり付いて離れなかった。
もう唇の感触は消えていた。