「そうなの?すごい武道派なんだね。……って!そんなこと聞いてないわ!!」
「いきなりの攻撃に対応できないから、お前は弱いんだ」
「その気のない声で言われると、余計に腹立つ!」
そんなことを言いながら蹴りが飛んできた。
水野は女としてはかなり強い。
隙さえなければ姉貴と同レベル。
それは、その辺の男なら蹴散らすことはわけもないということだ。
油断を見せれば、俺でも負けるだろう。
まぁ、俺は油断しないから、水野が負ける。
地面に這い蹲りながらも、何度も起き上がる。
もうその目は悔しさでいっぱいだ。
最後は水野に勝利をやったら、やっぱり悔しそうな声をあげた。
「ふ、不愉快だわ!勝ちを、譲られるなんて!!……で、でも、もうダメ!!」
息を切らせながら怒鳴ったが、体力の限界だったのだろう、仰向けに寝転がった。
夕焼けも地平線の彼方に沈み、他のやつらは、とうの昔に帰ってしまっている。
水野の息遣いが聞こえるだけで、道場は静まり返っていた。
「お前、明日平気なのか?」
「何をいまさら。もう二人は結婚してるのよ。私も諦めてるし」
大の字で寝転がり、目を瞑りながら水野は言った。
その口調は落ち着いていた。
また静寂が支配する。
「……ありがとう。今日だけじゃない。いつもありがとう」
ぽつりと言葉がこぼされ、水野に目を向けると、目を開けて俺を見上げていた。
「榊田君がいなかったら、そうは思えなかった。明日も榊田君がいてくれるんでしょ?」
「ああ」
気の利いたセリフが出てこなく、俺はとりあえず頷いた。
「なら平気。榊田君がいてくれて良かった。本当に。ありがとう」
心からそう思っているのが伝わった。
水野の目は細められ、潤んでいる。
電気も消され、薄暗い道場の中で、水野の目だけが輝いていて。
誘われるように俺は身を屈め、仰向けに寝ている水野に顔を寄せる。
そして、その目元に口付けた。
水野が目を大きく見開いたのがわかったが、それには構わず今度は唇を重ねた。
啄ばむような口付けを何度も繰り返しながら、汗で頬に張り付いている髪を耳にかけてやる。
この瞬間何にも、考えていなかった。
自分が何をしているのかなんていう自覚さえなかった。
ただ、少しざらついた、けど、ふっくらしている唇を味わいたくて何度も口付けていた。