とにかく、改札をくぐり電車に乗った。
都心とは逆方向だから、ひどい混雑はない。
美玖との賭けは俺が勝った。
美玖から切り出すのはなしという取り決めが交わされていたから、美玖は何も言えないでいた。
三十分もすると席が空き、水野と美玖が座った。
水野が俺を見上げてくる。
「髪、切ったんだ」
美玖の肩がぴくりと上がった。
「なんか、雰囲気が違ってびっくりしたけど、すごく似合ってる」
あ?
今、似合ってるとか言わなかったか?
「でしょ!?前がぼさぼさだったから、なおさら!」
美玖は勢い良く食いついた、今まで相当歯がゆかったのだろう。
「ぼさぼさではなかったけど、私はこっちのほうが素敵だと思う。それに服も榊田君のためにあつらえたみたいに似合ってるし、どうしたの?」
水野は首を傾げて、尋ねてくる。
こっちのセリフだ。
一体、どうしたんだ?
悪い物食ったりしてないよな?
「昨日ね、明美姉と私が選んだの。苦労したんだから!」
美玖は勝ったとばかりに、にやりと俺を見た。
「そうなんだ。さすが兄妹だね。榊田君に似合うものが良くわかってる!」
「そうか?これがそんなに違いあるとは思えないけどな」
俺は新品のコートのボタンを指で弾いた。
「今日は一段と格好良いよ。遊園地でナンパされないように気をつけて」
気をつけようがないけどね、と悪戯っぽく付け加えた。
賭けには負けた。
だが、こいつが俺を格好良いと言った。
そうなれば、賭けに負けたことなんて些細なことだ。
昨日の着せ替え人形化したことが無意味ではなかったらしい。
というか、正しい選択だった。
さっきまで、水野の頬がどこまで伸びるか試そうと思っていたが、俺を見つめる顔がほんのり赤くて可愛いかったから、やめておこう。
「あ~!お兄ちゃん、照れてる時も首筋掻いてる!」
……疫病神二号を追い払えなかったことに、やっぱり負けたことを少しだけ後悔した。