「はい。口に合うかわからないけど。作るの久しぶりだから微妙かも」
俺の前に出来立ての卵焼きが置かれた。
仁が伸ばした手を、水野が叩く。
「榊田君が先。仁くんはそっちがあるでしょ?」
甘い卵焼きは好きじゃない。
でも食えないことはない。
水野の料理の腕は確かだ、塩のほうがうまいに決まっている。
甘い卵焼きなんて胸焼けしそうだ。
でも、これは俺のために作られたものだ。
食べないわけにはいかない。
卵焼きに箸を伸ばし、口に放り込んだ。
俺は目を見開いた。
まさか……
ありえない。
うまい。
塩の卵焼きよりうまかった。
まったく、信じられん。
今まで食べた料理の中で一番だ。
あまりのうまさに言葉がなかった。
「口に合わなかった?」
水野が心配そうに俺を覗き込んだ。
「いや、うまい。こんなにうまいもん初めて食べた。いや、本当にうまいぞ」
俺は顎に手を当て唸った。
俺の絶賛に、水野は驚きながらも嬉しそうに笑った。
「どれどれ、俺も」
仁と佳苗が皿に手を伸ばしてきたから、さっと取り上げる。
「俊君、一口ぐらい良いじゃない!?意地悪!!」
佳苗には仕方なく、一切れやった。
「お前のはそこにあるだろ。これは俺用だ」
塩味の卵焼きは、仁にくれてやる。
塩より砂糖だ、卵焼きは。
「榊田君。意地悪しないの!」
説教がましい水野は俺から皿を取り上げた。
その隙に、仁が二切れも取った。
「おい。ふざけんな!」
俺の言葉と同時に、仁の口に放り込まれた。
「さすがは小春。これもうまい。けど、俺は塩だな」
水野にオレンジジュースを注ぎながらそんなことを言う。
「仁くんは塩で、榊田君は砂糖派なんだね。今度から気をつけるよ」
「卵焼きは砂糖に決まってる」
しかし、塩味よりうまい砂糖の卵焼きって、どういうことだよ!?
まさに理想的な味。
俺のために作ってくれたということが、よりおいしく感じさせたのだろう。
もう、塩味の卵焼きなんて食えたもんじゃない。
砂糖の卵焼きが俺の大好物にこの日からなった。