なかなか豪勢な食卓。
心配していたのとは違って、野菜にも血は付いてないし、鶏肉も卵焼きも丸焦げじゃない。
飲み物は烏龍茶と紅茶、それに水野が好きなオレンジジュース。
オレンジジュースだけ高級品だ。
仁がわざわざデパートで買ってきたらしい。
本当に水野にどこまでも甘いやつだ。
水野はそんな特別扱いに頬を高潮させていた。
そして、仁にべったりくっ付き、甘えている。
「どう?卵焼き?仁くん、好きでしょ?」
「もちろん、おいしい。小春が作るものの中でも一番だ」
確かに、水野の卵焼きはうまい。
程よく塩が効いていてふわふわで、つまみ食いをしてしまうくらい。
「仁くんのために作ったんだよ。いつも卵焼きたくさん食べるから」
気に食わない。
確かに卵焼きはうまいが、仁のために作ったものなんて食いたくない。
「俺は塩より砂糖の卵焼きのほうが良い」
つい、そんな言葉が出てしまった。
「え?だっていつもこの卵焼き食べてるじゃない?砂糖が好きなんて聞いたことないよ」
水野は眉を寄せた。
「聞かれなかったからな。卵焼きは砂糖に決まってるだろ」
卵焼きは塩に決まってる。
まだ俺が小さかった頃、砂糖味の卵焼きを作ったお袋に、家族全員で抗議した。
何で、卵焼きが甘いんだ!
そんな野次が飛んでから、卵焼きは塩味になった。
高校時代、料理上手との噂を聞いたから付き合うのを承諾した女も甘い卵焼きを弁当に入れてきた。
確かに、そいつの料理はなかなかうまかった。
だが、甘い卵焼きなんてありえない、と文句を言ったのは記憶に新しい。
「そんなに言うなら、キッチン貸してやるから自分で作れ」
仁が鬱陶しそうに視線でキッチンを指す。
「ごめんね。今から作るからちょっと待ってて」
水野は箸を置いて、席を立った。
甘い卵焼きなんて食いたくない。
だけど、この卵焼きは気に食わない。
子供染みたことをしている自覚はあるけど、構わなかった。
「お前、本当に何様だよ?小春を煩わせて」
不愉快さを滲ませて声に、素知らぬ顔で返す。
「俺は作れ、なんて言ってない」
「言ったも同じじゃねぇか」
仁は無視だ。
この混ぜご飯もうまいし、向こうのパスタもうまい。
仁のために作った卵焼き以外は全部うまかった。