「水無月くん、この間のテストでまた学年一位だったらしいよ」
「スポーツテストでもぶっちぎりの一位だったってね」
「わたしなんて、この前生徒会の資料作り手伝ってもらっちゃった!」
「あんなにかっこよくて、こんなに完璧なのに……」
水無月くんは、いわゆる残念なイケメンだ。
「「「神様ってほんと残酷……」」」
深いため息と共に肩を落とす彼女達が言うように、何でも出来る完璧さと、誰もが羨むパーフェクトな容姿を持っていながら、それを打ち消してしまえるほどの欠点をも兼ね備えているのが、水無月くんという人だ。
「瀬戸さーん!」
そして私は、なぜかそんな残念なイケメン水無月くんに、とてつもなく懐かれている。
「おはよう瀬戸さん、いい朝だね!」
窓の向こうには、今にも雨が降りだしそうな重たい灰色をした雲が広がっている。気分まで重たくなりそうなほど、それはそれはどんよりとしている。
今朝の天気予報でも、降水確率は確か百%に近かったはずだ。
何をもって“いい朝”と呼んでいるのか、彼の考えていることはさっぱりわからない。
「おはよう水無月くん」
いつものことながら、水無月くんは当たり前のように私の隣の席に腰を下ろす。
その席の本当の主は、教卓に背中を預けて友達と楽しそうに談笑中。
満面の笑顔でこちらを向いた水無月くんは、早速何かを期待するように瞳を輝かせる。
もし仮に彼が犬だったとしたならば、ちぎれそうなほどにしっぽを振っていることだろう。
「ナニカいいことデモありましたカ?」
「わかる?さすが瀬戸さん!」
本人には全く自覚がないのかもしれないが、顔にはっきりと書いてある。いいことがあったので聞いて欲しいと、それはもうはっきりと。
正直なところ全く興味はないが、話を聞くまで無言の訴えが収まることがないのはよく理解しているので聞く体勢に入ると、水無月くんは勢い込んで話し出した。
「あのね、実はね、昨日帰る途中にびっくりする出会いがあったんだよ!」
もったいぶって言われても、ちっとも興味は湧いてこない。
「へー、誰に会ったの?」
それでも適当に相槌を打ってみれば、水無月くんが嬉しそうに続けた。
「なんと!駄菓子屋のマルちゃんにそっくりな子に会ったんだ」
「どう?びっくりでしょ」と言って楽しそうに笑う水無月くん。
「……だれ?」
でも私の知り合いに、駄菓子屋のマルちゃんなんて人はいない。
「ええ!?瀬戸さん、マルちゃんのこと知らないの?」
酷くショックを受けたような水無月くんの声は、教室中に響き渡る。
けれど誰一人としてこちらを見もしないし気にも留めないのは、その声を発したのが水無月くんだからだ。
クラスメイトはみんな、彼がどういう人であるかをよく心得ている。
いい意味でも、悪い意味でも。
「そっか、瀬戸さんはマルちゃんを知らないのか……そっか」
しゅん……と肩を落として落ち込んでいる水無月くんが哀れっぽくてしょうがないので、仕方なく記憶の中で“マル”という名の人物を探す。
そういえば私がまだ小学生だった頃、通学路にさほど間隔をあけずに三軒の駄菓子屋が並んでいて、ちょっとした激戦区だった。
それも中学に上がってしばらくすると、軒並み潰れてしまったが。
あの三軒のうちのどれかに“マルちゃん”なる人が……。あれ、でもちょっと待て、確か水無月くんと知り合ったのは――。
「まあしょうがないか。マルちゃんが生きていたのは僕が小学生の時のことだし、瀬戸さんと出会ったのは高校に入ってからだもんね」
「うん。しょうがない、しょうがない」と呟いて、哀れっぽく下がっていた肩を元に戻した水無月くんは、何事もなかったかのようにへらっと笑う。
初めの頃は、その自由さにイライラしたりもしたが、今ではもうすっかり慣れてしまった。
むしろ、今日も水無月くんは自由に生きていらっしゃるようで何よりだとすら思う。
「ちなみに駄菓子屋のマルちゃんっていうのはね、僕が小学生だった時に家の近所にあった駄菓子屋さんで飼われていた犬のことで、マルチーズだからマルちゃんっていうらしいんだけど、性別はオスなんだよ」
「マルちゃんって犬!?」
驚きに思わず大きな声を出してしまったが、これもまたいつものことなので、クラスメイトは誰も気にしていない。
水無月くんもまた、私の驚きなど全く気にしていない様子で、徐ろにブレザーのポケットから取り出したスマートフォンを操作している。
「マルくんだと何かがしっくりこないってことで、マルちゃんにしたらしいんだけど……。あっ、ほらこれ!見て、見て」
目の前に差し出された画面には、可愛らしいマルチーズが一匹。
「これが、昨日会ったマルちゃん似のワンコさんで、お名前を“そう次郎くん”というそうです!」
特に犬好きでもない私にしてみれば、マルチーズならどれも同じに見えるのだが、水無月くんに言ったら面倒くさいことになりそうなので黙っておく。
画面の中のマルチーズは、“そう次郎”なんて男らしい名前の割に、やたらとフリフリしていた。
飼い主の趣味だろうか。両耳についたリボンはまだしも、フリルとレースがたっぷりのまるでドレスのような洋服は、これからどこぞのパーティーにでも出席するような雰囲気を漂わせている。
男の子ならせめてタキシードのようなかっこいい服を着せてあげればいいのに……と思って顔を上げると、困ったように眉根を寄せて待ち構えていた水無月くんと目が合った。
「実はそう次郎くんはね、本当は女の子なんだって。でもそれに気がついたのは名前が定着したあとだったから、もう変えるに変えられなくて、こんな形で女子力をアピールしているそうだよ」
それであんなにフリルまみれなのか……うっかりさんな飼い主を持ったそう次郎くんがかわいそうに思えてくる。
「でも、久しぶりにマルちゃんに会えて嬉しかったな……。本当にね、びっくりするくらい似てるんだよ」
厳密にはマルちゃんではないのだが、水無月くんは大変嬉しそうに頬を緩めて画像を眺めているので、何も言わずにその様子を眺める。
そうして黙って微笑んでいればただの完璧なイケメンなのに、口を開けば残念のオンパレード。他の女子達がこぞって口にするように、そこが本当に残念だ。
「……ほんと、神様って残酷かも」
小さく呟いた声に、水無月くんが顔を上げて不思議そうに首を傾げる。
「瀬戸さん、今何か言った?」
「別に何も」
もし仮に、水無月くんが残念ではない本物のイケメンであったなら、彼がこうして私に懐くことはなかったのだろう。
水無月くんの周りには可愛い女子と、同じようなタイプの男子が集まって、いつだって賑やかな輪が出来ていたに違いない。
そんな輪の中にいる方が、私と一緒にいるよりもよっぽど自然な気がする。
「もしかして、幽霊……?」
「……は?」
“もしも”な想像に浸っていた私の耳に、突然おかしな単語が飛び込んできた。
そのため、問い返した声が思わず険しくなる。