すずはよく体を壊す。
喧嘩をした後や、ちょっと疲れる出来事があるとすぐに熱を出す。
この間、テレビを観ている途中でいきなり吐いてしまった。

僕は心配して、「病院に行ったら?すずはすぐに体調壊すし、どっか悪いんだよ診てもらおう」と言うと機嫌を悪くして、そっけなく「いい、ほっといて」と返されてしまった。

僕はずっと立ち尽くしていると

「ジュンジさん」
「何、どうした?」

すずはトイレの便器に突っ伏しながら蚊の鳴くような声で「ごめんね」と囁いた。
何も言えず、すずをずっとずっと、見下ろすことしかできなかった。
げほっげほっ、と苦しそうな声、衣擦れの音、トイレ特有の香りに混ざって酸っぱい臭いが立ち込めてきたときに僕は母さんに頭を叩かれた。

「何してるの!こんな所で立ってても意味ないでしょう。」

そう言って母さんはテキパキと手慣れた様子ですずの背中をさすりながら、僕と姉貴に必要なものを買ってくるように命令した。

深夜、ひんやりとした空気の中、運転している僕に向かって姉貴はボソッと「何してんの、あんた」と言った。

ぼんやりと母さんと同じこと言うなよ、と全然関係ないことを考えているうちに、すずを見下ろしながら抱いていた感情は恐怖だったことに気がついた。
気づいたあとは早くて、僕は買い物袋を持ちながらポタポタ涙を流した。

姉貴はギョッとした顔をして僕を見ていた。

「あんた、そんなに好きなの」
「うん」
「運転、変わるよ」

ぶっきらぼうな姉貴の優しさが今はただ、痛かった。

優しさに甘えた僕は、たくさん泣いた。

10代の終わりから泣いたことが無かったので、泣き止む方法をすっかり忘れてしまってた。

「ただの風邪でしょ、明日病院に連れて行ってあげたらいいんじゃない」

姉貴はそう言って、僕を見る。

一つしか違わないはずの姉貴が、随分遠いところにいるように感じた。

うちに帰ると、すずはいつの間にか汚れた洋服は着替え、ベットに移動してスースーと寝息を立てていた。
その様子を見てホッとした。
すずをみるといつでもホッとするのは何故だろう、ハラハラするようなことばかり仕出かすのに。
眠っているすずに僕は声をかける。

「すず、ごめんねはこっちのセリフだよ。」

頼りなくてごめん、そう言って僕は寝ているすずにキスをした。
目を瞑ったまま、ニヤリと笑うすず。

おいっ!

「起きてる?」
「寝てるよ」
「起きてるでしょ」

すずは呆れた顔をすると「起きたまま寝てんの?寝ているに決まっているでしょ」と言った。

そっか寝ているのか。