僕のモットーは『君子危うきに近寄らず』だったはずなんだけど、女の子はいつ危うくなるのか全く予測不可能だ。きっと恋をする人間は、みんなの思慮深さからかけ離れているんだと思う。

向かいに座ってマックシェイクをチビチビ飲んでいるすずに目を向けて僕は呟いた。

「君子かぁ」

きっと思慮深くて、絶対に恋にうつつを抜かすようなタイプではないんだろう、家計の財布を握るタイプだ。尻に敷かれないタイプだなきっと。

すずがマックシェイクから視線だけこっちに向けてきた「どうした?」と言いたいのだろう。

ストロー噛むのやめなよ…

「何でもないよ」

僕はすずの使っているストローを取り上げた。

不満そうな顔をするすずを振り払うように「今日はどうしたの?」と聞いた。

朝電話してきたすずの声はくぐもっていてどうしたのかと慌てたが、顔を見るだけではいつもと変わらないようにみえる。

実際すずは何事も無かったかのように

「家出ることにした!」
「え?」

何かあったみたいだ。

「家を出たって、どういうこと?」
僕はすずを刺激しないように冷静に切り返す。

すずは神妙な顔で
「あのね、うちって家族仲悪いじゃん?」
「うん」
「今日もお母さんと喧嘩したわけよ」
「うん、うん」
「毎回喧嘩して怒鳴りあって改善されないパターンに疲れちゃってさ」
「うーん」
「家を出ることにしたよ。」

あっさり言いのけた。

僕はどうすればいいんですか、君子様。

「うん、でも行くところはどうするの?未成年が生きていけるほど世の中甘くないよ。それにすずは女の子なんだし、危ないよ、色々と」
結局考えてもいい言葉は浮かばず、普通のことを言ってしまった。

やっぱり納得する様子がないすず。

「だって、あの家に居たらきっと怒り死にすると思う。」
「うーん、すずの家に住んでいるのはすずだから詳しいことはわからないけど20歳になってからでも遅くないんじゃないかなぁ」
「いや、でもすずはいま家を出るって決めたし、決めたからには出るわ。」

なんでこんなに頑ななんだ。現実を見てから出直せ!
とは言わない。
納得するまでほっとこう。
こうなったら止まらないや。
頑固なところはすずの悪いところであり魅力、僕の諦めのいいところも短所でもあり長所なのだろう。

とりあえず、僕は話を切り返した。
「すず、どこに住むの」
「ん?なぁに?ジュンジさん」
「いや、だから家出るんでしょう?」
「うん」
嫌な予感するなぁ

「住む場所が必要でしょう?」
「そうだねぇ」

まるで興味なさげにマックシェイクを飲みながらすずは返事をする。

誰の話してると思ってんだ!落ち着け、落ち着くんだジュンジ!

「だから、もし、もし家を出るならどこに住むのかなーと思って」
「ジュンジさんって実家暮らしだっけ?」
「そうだけど」
「住んでいい?
「え、?」
「だからー住んでもいい?すず行くところないし」

的中!的中!

こっからのすずは早かった。いつの間にか僕のうちに来て、ぺこりとお辞儀をしたかと思うとあっという間に家族に馴染んでしまった。

僕のうちは母、姉の3人で暮らしていて結構仲が良いほうだ。
だからすずの家の不仲の辛さとかわからなかったけど未成年が一人で生きていく無謀さは理解しているつもりだ。
そんな僕にハナからつけこむ気だったんだな!すず!
こんな感じで僕とすずの同棲?生活は始まった。