「新婚旅行なんて、できると思わなかった」

「梨乃が言いだしたんだろ。いきたいって」

「うん・・・。だって、シドと楽しいこともっとしたかったから」



新婚旅行当日、馬車に揺られ目的地に向かいながら、二人は他愛ない話を続けていた。
新婚旅行とはいえ、二人というわけにはいかず、クロウやロイたちも同行している。


それでも、公務を忘れ共にいられる貴重な日だ。


新婚旅行というもの自体も、この世界にはそういう考えはなく。
梨乃が言いだしたことだった。



「梨乃が住んでた世界か・・・」

「ん?」

「お前を、そんな風に育てた世界が別に存在するんだな」

「そんな風に・・・?」

「変に能天気で、前向きで、一生懸命」

「私、そんなだっけ」




梨乃はそう言いながら思い返す。
この世界よりもずっと長くいた世界。

そこが自分のすべてで。
信じて疑わなかった。


優しい両親がいて。
大切な友達がいて。


それが、すべて偽りで、その世界に今はもう梨乃の生きてきた証はなくなってしまったとしても。
梨乃にとっては、消えることのない現実だった。